秋穂(あいお)家では一人息子の佑司(ゆうじ・平岡祐太)が18歳の誕生日を迎える。
朝、佑司が朝食の準備をしていると、洋菓子店で予約していた誕生日ケーキが届く。
洋菓子店の店主は今日で店をたたむと言う。佑司は「長い間ありがとうございました」とお礼を。
森の中を走りながら、自転車で登校する佑司。
(18歳の佑司)
あの夏、雨の季節に僕たちに訪れた奇蹟は、この森から始まったんだ
たった6週間の奇蹟
もしかしたらあれは、霧の向こうの幻だったのかもしれない
(幼い佑司の声)
けど…僕たちは確かに、ママに会ったんだ
佑司は12年前に起きた奇蹟を思い出す…。
* * * * * * * * * * *
約13年前。巧(たくみ・中村獅童)の妻である澪(みお・竹内結子)が病気で亡くなった。享年28歳。5年前に生まれた一人息子の佑司が難産で、澪はそれ以来体調を悪くしていた。
それから1年後。墓参りに出席した親戚たちは「無理して佑司を産まなければこんなことには…」と声をひそめる。
澪が亡くなって1年が経ったある日の朝。「死んだ人はどこにいるの?」と父に聞く6歳・小学1年生の佑司(武井証)。
巧は「アーカイブ星にいるんだよ」と答える。
澪が遺した絵本には確かにそう書かれてあった。そして、雨の季節になったら帰ってくることも…。
一方、家事が大不得意な巧はまたパンを焦がしてしまい、目玉焼きすら上手く作れない。
佑司は呆れつつも、そんな父を支えながら二人だけの生活を送っている。
巧はこじんまりとした司法書士事務所で働いている。巧は記憶力がひどく悪く、すべての用件を逐一メモしてから仕事に取り掛かる日々。
一方、雨の季節が待ち遠しい佑司は、教室のベランダで「てるてる坊主」をわざと逆さまに吊るす。
それをクラスメートに発見され責められるが、佑司は「雨の季節になったら帰ってくる」という澪の絵本に描かれた遺言を信じ、梅雨の到来を待っていた。
仕事帰りに長年通院している野口診療所に立ち寄る巧。
巧は脳内の化学物質が正常に分泌されない病気を抱えていた。
記憶力が悪いのもそのせいで、乗り物に乗れなかったり人ごみがダメなどの独特の症状に悩まされていた。
主治医の野口(小日向文世)は「澪さんが亡くなられてもう1年ですね」と声をかける。
(巧) 最近、澪のことで思い出せないことが増えてきています
ビデオや写真の中でしか、澪を感じることができない
でも…澪は戻ってくるんですよ、もうすぐ
(野口) 雨の季節に…って話ですか?
ええ
信じているんですか?
佑司は信じています
ありえないと思います? やっぱり
まあ…科学的には
やっぱり、そうですよね
君も、澪さんに戻ってきて欲しい?
はい
僕は澪を幸せにしてやれなかったから、全然
そうでしょうか
僕はこんなだから、澪に負担ばっかりかけてしまって
最初から最後まで
一度でいいから、僕と一緒に生きて良かったって、思ってもらいたかった
だから、もし戻ってきたら、そんな思いをさせてやりたいなって思うんです
普通の夫婦みたいに、一緒に電車に乗って旅行に行ったりとか…
近所のお祭りの日が近づいていた。巧は病気のせいで人ごみが苦手だが、たまには佑司を楽しませたいと無理してお祭りに出かける。
だが佑司とはぐれて人ごみの中を探し回った際に発作が起きてしまい、倒れて応急所に運ばれる。もろく繊細な父を佑司は心配そうに見つめる…。
その帰り道。佑司は「ママは僕のせいで死んじゃったんでしょ?」と聞く。
墓参りの時に、親戚の話が佑司の耳にも聞こえていたのだ。
巧は「違うよ、ママは佑司のせいで死んだんじゃない」と答えるが、佑司は内心気にしていた。
その夜。巧は澪との日々を撮影したビデオテープを愛しそうに見返す。
すると、外では雨が降り始めていた…。
休日。雨が降る中、巧と佑司は近所にある森へと向かう。森で遊ぶのが巧と佑司の休日の過ごし方だった。
その森の奥には今は稼動していない廃工場があった。
そこで何かを探し始める佑司。
その時、巧と佑司は廃工場のドアの前で信じられないものを見てしまう。
1年前に亡くなったはずの澪が、無垢な表情を浮かべて座っていたのだ…。
「ママ!」と声をかけて走り寄る佑司。
巧も「澪…? 本当に澪なの?」と声をかける。
澪は「みお…? 私の名前?」とどこか呆然として答える。
澪は記憶を失い、巧と佑司を誰だか理解しなかった。
また1年前に自分が死んだことにも気づいていなかった。巧は自分の妻で、佑司の母であることを説明する。
家に連れて来られた澪は戸惑うが、家族写真には確かに自分の姿が写っていた。
巧は佑司と二人きりなると、ママが帰ってきたことはしばらくみんなには内緒にしておくこと、また1年前に死んだことは本人に秘密にしておこうと約束する。
違和感を感じる澪には「一緒に森に散歩に来たところ君は倒れて意識を失った」とごまかした。
その夜。澪が帰ってきたことをまだ実感できない巧は、寝静まった澪のベッドに歩み寄ると、頬に触れてみる。そこには確かに澪がいた…。
翌朝。巧が目を覚ますと澪が朝食を作っていた。
巧とは違ってきれいに作られた目玉焼きに「すごい!」と佑司。
拓と澪はぎこちなく「おはよう」と声をかけ合う。
出かける二人を見送り、「いってらっしゃい」と声をかける澪。また幸せな日常が戻ってきたことが、巧と佑司には何よりも嬉しい。勤務先と小学校で、二人は元気な姿を見せる。
夕食は澪が作ったカレーライスだった。
「おいしい」と喜ぶ佑司と巧。
記憶を失った澪は、自分と家族のことを知りたがった。いつ自分たちは出会って、どのような恋を育んで結婚したのか…。
巧は二人のピュアな恋を語り始める。
* * * * * * * * * *
(高2の巧) 澪は明るくてかわいくて、成績もよくて、模範的な生徒
でも…なんだかいつもどこか不機嫌で
いつも何かに怒っているみたいに僕には見えた
そこが好きだった
うん…好きだったんだ
高校2年の時に同じクラスになり、席も隣同士だった巧と澪。
澪は銀ぶちの眼鏡をかけた真面目な生徒で、異性には興味ないそぶり。
巧はそんな澪に惹かれたが、奥手だったので会話することもできず、二人が交わしたのはただ毎朝の「おはよう」だけだった。
そんな友達未満の仲のまま高校の卒業式を迎えてしまう。
巧は体育推薦で地元の大学に、澪は東京の大学に進学することになった。巧は卒業の記念に澪からサインを求められ、『君の隣はいごこちがよかったです』と書く。
そうして何事もなく別れたが、その時に巧のペンが澪のサイン帳の間に挟まれたままになっていた。
卒業から半年後、大学1年の夏休み。澪が地元に帰ってきていることを知った巧は、澪の家に電話をかけようとするが、勇気が出ずに失敗。
ようやく連絡が取れたのは大学1年の冬休み。澪の家に「ペン返してもらえます?」と思いきって電話をかける。どうでもいいペンだったが、もう一度会いたいための口実だった。
そして約1年ぶりに再会した二人。澪は眼鏡を取りコンタクトにしてどこか大人っぽくなっていた。
(澪) ごめんなさい、大事なペンを
(巧) ううん、いや…いいんだ
ありがとう
…久しぶりだね
元気だった?
ええ
そう
……
あ…じゃ
じゃあ
立ち去る澪に、後ろから巧が声をかける。
あのう…
コーヒーとか飲む時間ない?
…ある
自分でもよくそんな勇気出たなって思うんだ
でもまあこうして、記念すべき第1回目のデートが
出会ってから2年半かかって、ようやく実現したんだ
近くの喫茶店に入ると、巧は次から次へと話し続けた。陸上のこと、好きな音楽のこと、最近読んだ本の話、そして澪をずっと見ていたことも。
初デートの帰り、電車を待つ駅のホーム。澪が寒そうにしていると、巧は「よかったらどうぞ」と言い、自分のコートのポケットに澪の手を導く。澪は「おじゃまします」と言ってコートのポケットに手を入れる。そのポケットに巧も手を入れ、二人は初めて相手に触れる。
電車が来ると、澪は「手紙を書きます」と言って別れた…。
* * * * * * * * * *
森で散歩しながら巧の回想を聞いた澪。10年前と同じように、巧の上着のポケットに手を入れる。
その時みたいに、少しずつあなたに慣れていきたい
もう一度好きになっていきたいの…
診療所。巧は澪が帰ってきたことを主治医の野口に告げる。野口は半信半疑だが、「それが本当だとしても、雨の季節が終わると澪さんはまたいなくなってしまうんですよね」と。
巧は残された澪との時間を大切にしようと改めて思う。
佑司もまた、絵本の内容にあるように雨の季節が終わったら澪が帰ってしまうことに薄々気づいていた。
休日、森に散歩にやって来た三人。廃工場で佑司が何かを探している間、ベンチからそれを見守る巧と澪。
もしこのまま…このまま記憶が戻らなくてもいいの
え?
あなたも佑司君も好き
このまま2人と一緒にいられれば、それでいいの
あなたの奥さんでいられればいい
澪…
なあに?
キスしていい?
……
嫌?
ううん
再会後、二人は初めてキスをする…。
そんなある日の夕方、巧は帰宅した直後に意識を失って倒れてしまう。病気を抱える巧にはよくあることだった。
布団に寝かせて看病する澪。
「病気のこと、どうして言ってくれなかったの?」と澪。
「君に心配かけたくなかったから」と巧。
澪は巧の布団に入り込む。
巧は過去の二人の恋の続きを話し始める…。
実は2度目のデートはなかったんだ
え?
僕らは一度別れたんだ
私たちに何があったの?
この体のせいなんだ
巧は高校時代、県の記録を持つ陸上の選手で、日々トレーニングに熱中していた。
(高校生の巧) 高校の頃からのトレーニングのしすぎで
僕の体のネジは少しづつ、おかしくなっていってたんだ
そして大学2年の春、とうとうバチンと音を立てて、切れてしまった
練習中に突然倒れこむ巧。
いくつもの病院で検査をされて分かったことは、
どうやら僕の体をコントロールしている脳の中の化学物質が、
でたらめに分泌されるようになってしまったらしい、ってことだった
走ることを取り上げられた
人ごみや乗り物もダメになった
僕はすべてに絶望し、大学もやめてしまった
そんな時に出会ったのが野口医師だった。
「ゆっくり病気と付き合っていけばいいんですよ」と言い、巧を支えた。
僕は、普通の人ができることの半分も満足にできない
将来の見通しは暗かった
そんな僕の人生に、君を付き合わせるわけにはいかない
だから…君の前から静かにいなくなろうと思ったんだ
生活に様々な支障を抱え、大学を中退した巧は、リサイクルショップでバイトを始める。澪から手紙が来ても返事は出さなかった。
そんな巧を心配した澪が、ある日巧のバイト先にやって来る。
しかし巧は「もう会えないんだ。でもいつかまた会えるといいね、同窓会とかでさ」と突き放してしまう。
僕はひどいことをしてしまった
でもこれでいいんだ、そう自分に言い聞かせてた
たった一度のデートと、47通の手紙のやりとりで
僕らの恋は終わろうとしていた
でも…やっぱり君に会いたい
自分勝手だけど、もう一度澪に会いたい
一人で東京に行くなんて、その頃の僕には考えられないくらい無理な行動だったんだ
でも、どうしても我慢できなくて
どうしても、澪に会いたくて
巧は無理して苦手なバスに乗り、東京の澪の大学まで会いに行く。
しかし構内で澪は男友達と親しそうに話していた。
やっぱり自分じゃないんだ
澪にふさわしいのは…
そう思ったんだ
僕じゃあ無理なんだって
わざわざ会いに来たのに、巧は話しかけずに帰ってしまう。そしてそれから連絡することはなかった…。
だが夏のある日、突然澪から電話がかかってくる。
もしもし、秋穂君?
私…会いに行ってもいい?
ひまわり畑で再会することになった二人。
巧が不安そうな顔つきで待っていると、澪が微笑みながらやって来る。
もう…なんて顔してるの
だってさ…
そんな顔しないの
だって…僕は、澪にはふさわしくないと思うから
そんなことない、バカね
巧に抱きつく澪。
大丈夫よ
大丈夫、私たちは
なんだか君のその自信に圧倒されて、僕はうなずいた
でもその言葉は、君が自分に言い聞かせているようにも思えたんだ
やがて二人は結婚して、佑司が生まれた…。
* * * * * * * * * *
澪が亡くなる前に佑司と一緒に埋めたブリキの箱を、この前森で見つけて持ち帰った佑司。
澪が掃除中に見つけて開けてみると、そこにはかつて二人が交わした47通の手紙と、澪の日記帳が入っていた。
日記には亡くなる直前のことも書かれてあり、自分は1年前に死んでいたこと、そして雨の季節が終わったら去らなければならないことを知ってしまう…。
自分の運命を知った澪は、佑司に家事を教え始める。
目玉焼きの作り方、洗濯物の干し方、靴みがき…。
そして庭にひまわりの種を植える。
澪の態度を不審に思った佑司は「ママは雨の季節が終わったらアーカイブ星に帰っちゃうの?」と、巧と二人きりの時に聞く。
「わからないけど一緒にいられる時間を大切にしよう」と巧。
澪は巧の勤務先の同僚・永瀬みどりを喫茶店に呼び出す。澪が1年前に死んだことを知っているみどりは、澪が現れたことに驚くが…。
澪はあるお願いをする。
(澪) 巧と佑司のこと、お願いできませんか?
私はもうすぐいなくなるんです
雨の季節が終わったら
(みどり) え?
だから巧と佑司のこと、誰かに託したくて
彼は生きていくうえでのいろんな力が弱いから
だから誰かに…誰かに託したくて
お願いできませんか? 二人を
……
ごめんなさい
私、そんなに立派な人間じゃないや
二人のことは心配だけど、巧が誰かといるのはやだ
他の誰かを愛するようになったらやだ…
ごめんなさい
あ…忘れてください
大丈夫ですよ
心配しなくていいですよ
彼が私を女性として愛することはないです
ありえない
きっとあなたしか愛せない、秋穂さんは
ありがとう
続いて澪は洋菓子店へ行き、注文していた佑司の誕生日ケーキを受け取る。
その際に、バースデーケーキを今後12年分予約したいと店主に依頼。子どもが18歳になるまで、毎年届けて欲しいと…。
その夜、佑司の誕生パーティーが自宅で開かれる。本当は佑司の誕生日は来週だったが、澪はどうしても今日やりたくなったという。
澪が作ったごちそうと誕生日ケーキでお祝いする3人。そして家族写真を撮った。
その夜、巧と澪は初めて結ばれる…。
* * * * * * * * * *
翌朝。ついに梅雨が明け、6週間の奇蹟が終わりを迎えようとしていた。
いったんは登校した佑司だが、梅雨明けに気づくと「僕、どうしても帰らないと」と先生に言い、特別に帰宅を許される。
走って帰宅する佑司。家に着くと澪に抱きつく。
一方、巧も勤務先で見た天気予報で梅雨明けを知り、仕事を放り出して帰宅。しかしすでに澪は家にいなかった。
澪と佑司は森の中を一緒に歩いていた。
廃工場のドアの前まで来ると、澪は真剣な表情で佑司に話し始める。
佑司、ママの言うことよく聞いて
いい?
(うなずく佑司)
ママはお別れなの
さよならしなきゃならないの
(涙ぐむ佑司)
佑司…
澪は佑司を抱きしめる
ママ、ごめんなさい
え?
ママは僕のせいで死んじゃったんでしょ?
バカね、そんなふうに思ってたの?
だって…
そんなことない、これっぽっちもない
ママが信じられない?
(首をふる佑司)
佑司は望まれて望まれて、生まれてきたの
パパとママは、そのために出会ったのかもしれない
佑司に会うためにね
佑司は幸せを運んできたの
ママを幸せにしてくれたの
わかる?
(うなずく佑司)
佑司、素敵な大人になってね
パパのこと、お願いね
一方、巧は廃工場に向かって森の中を必死に走っていた。途中で転んでしまうが、それでも起き上がって走り続ける。
澪に帰って欲しくない佑司は、奇蹟が叶うようにと四つ葉のクローバーを探し始める。
ようやくドアの前に辿り着いた巧。
間に合ったね、よかった
澪…
ごめんね
君を幸せにしてあげたかった
僕は、澪を幸せにできなかった
ごめんね
何言ってんのよ、よく似た親子だな
幸せだったよ、私は
ずーっと幸せだった
あなたを好きになってから、ずっと
私の幸せはね、あなたなのよ
あなたのそばにいられたことが、私にとっての幸せだったのよ
できるなら…
ずーっといつまでも、あなたの隣にいたかった
佑司のこと、お願いね
私の分も愛してあげてね
秋穂君…寒いね
巧は澪の手を握り、スーツのポケットに誘う。
ありがとう
あなたの隣は、居心地がよかったです
そう言い残すと、澪は静かに消えた…。
「ママ、あったよ!」と言いながら、四つ葉のクローバー片手にドアの前に戻ってきた佑司。
しかし、すでに母はいなかった。「ママ!」という佑司の絶叫が辺りに響く…。
* * * * * * * * * *
後日。巧は野口医師に澪が去ったことを告げる。
(野口) 雨と共に訪れ、雨と共に去る
アジサイのような人だね
先生、本当に僕の話を信じてくれてるんですか?
さあ…どうでしょう
でも僕は、もう一度澪に恋をしました
幸せでした
そういう出会いを果たせる人は、この世にどれぐらいいるんでしょうね
出会ったら必ず、惹かれあってしまう
何度でも、何度でも
あなたたちは、出会ってしまったんですね
そのたったひとりの相手に
拓はブリキの箱に入っていた澪の日記帳を開く。
そこには巧への密かな想いが記されていた。
* * * * * 澪の日記 * * * * *
6月24日
今日、私は気になる人を見つけてしまった
なんだか、彼のことを思い出してばかりいる
もしかしたら、私は恋をしているのかもしれない
1年3組、出席番号1番。秋穂巧。
陸上のレース中、ライバルが巧のユニフォームを引っ張って転倒させる。その現場を目撃した澪。
あれは明らかに反則だ
納得できない
だけど、自分でも驚いている
私は、なんであんなことをしちゃったんだろう
巧を転倒させた選手が表彰されている時に、電源を落としてトラック内を停電させる澪。
やっぱり、私は彼のことが好きなんだ
でも、彼は私の気持ちを全然知らない
いわゆる片思いってやつだ
学級委員の権力を行使して、やっと隣の席になれたのに、私は声もかけられない
でも、隣にいられるだけでもいい
それだけで…ちょっと幸せ
秋穂君、あなたのことを知りたい
あなたはなんの本を読んでるの?
どんな音楽が好き?
どんな色が好き?
どんな…女の子が好き?
私を好きになってはくれない?
何も始まらないまま、ついにお別れの日がきてしまった
どうしよう
どうしたらいいの?
思いきって巧にサイン帳を差し出し「書いて」と頼む澪。書いてもらった際、巧のペンがサイン帳に挟まれたままになっていた。
あの時、すぐに追いかければ返せたのに
でも…私は行かなかった
だって、持っていればもう一度彼に会える
返したいって電話をすれば、彼に会えるから
電話をすればいい
ペンを返しますって言うだけだ
でも…その勇気が出ない
巧に電話をかけられないでいると、逆に巧から電話がかかってくる。
驚いた
彼のほうから電話をくれるなんて
会えるんだ
これは、幸福を呼ぶペン
約1年ぶりに再会し、ペンを返す澪。
だがその用件が終わると「じゃ…」とすぐ別れる空気に。
ダメだ私は
あんなに会いたかったくせに、このまま帰っちゃうの?
それでいいの?
澪が歩いていると、巧が後ろから「コーヒーとか飲む時間ない?」声をかける。
澪は巧に見られないように微笑む…。
近くの喫茶店に入ると、巧はひたすら話し続けた。
まるでダムが決壊したみたいに、あなたはしゃべり続けてた
私は何も話せなかった
でもすごく幸せだった
あなたの隣にいられることが
ずーっとこの時間が続けばいいのに
駅のホーム。コートのポケットの中で手を握り合う二人。
あなたの手は、とてもあったかかった
でも春が来て、あなたから手紙が届いた
たった3行の
手紙には『のっぴきらない事情により、これから先きみへの手紙を書くことができなくなりそうです。ごめんなさい。さようなら』と書かれていた。
巧のバイト先まで会いに行っても、冷たく突き放された澪。
私の幸せは、あなたの隣にいることなのに
ずーっとあなたと一緒にいたい
それだけなのに
本当に私たちは、これで終わりなの?
私は会いたい
秋穂君に会いたい
たまらなく会いたい
巧が澪に会いに東京の大学まで会いに行った際、巧は話しかけることなく帰ったが、そんな巧の姿を澪は目撃していた。
雨の中、「秋穂君!」と言って走って追いかける澪。
その時、横断歩道で車と接触して澪は倒れてしまう。巧はそのことに気づかなかった。
車に突き飛ばされたショックで、なぜか9年後の未来にタイムスリップしてしまう澪。
すべての記憶が失われたまま、そこで一人の夫の妻として、そして息子の母親として、不思議な体験をすることになる。
目覚めると病院だった。
タイムスリップして、6週間の奇蹟の後、また20歳の世界にもどってきたのだ。
多分、誰に言っても信じてもらえないだろう
自分でもまだ信じられない
二十歳の私は、29歳のあなたに出会い、恋をして、抱かれたの
私は未来へジャンプした
9年後の、雨の季節に
私は巧と結ばれていて、私たちの間には、佑司というかわいい男の子がいた
幸せだった
幸せな暮らしだった
あなたにもう一度恋をしたわ
でも私は知ってしまった
本当の私は、1年前に死んでしまっていることを
私は死んでしまう、28歳で
愛する巧と佑司を残して
死んでしまうんだ、私は
1年後の、雨の季節に戻ってくると約束して
秋穂君
もし、このままあなたと会わなければ
私は違う誰かと結ばれて、違う人生を送るの?
28歳で死んだりしない未来が待ってるの?
でも私は嫌
あなたを愛しているから
あなたとの未来を知ってしまったから
あなたと会って、結ばれて
佑司という子供を産む人生を選びたい
佑司をこの世界に迎え入れてあげたい
どうしても、そうしたい
退院した澪は公衆電話から巧に電話をかける。
「私…会いに行ってもいい?」
たとえ短くても
愛するあなたたちと一緒にいる未来を、私は選びたい
秋穂君、巧、佑司
待っていてください
いま、会いにゆきます――
ひまわり畑で巧と再会した澪。
大丈夫よ
大丈夫、私たちは
私とあなたはずーっと一緒なの
そう決められてるのよ
決められて?
そう
たったひとりの相手なのよ
……
好きよ
そして巧と結婚して、佑司を生んだ澪…。
* * * * * * * * * *
それから約20年後の未来。
佑司が18歳の誕生日を迎え、洋菓子店から澪が予約した最後の誕生日ケーキが届く。
庭には一面、澪が種を撒いたひまわりが咲いていた。
澪の日記帳を見返していた巧は、佑司に呼ばれると、二人で誕生日パーティーを始める。
届けられたケーキには「18才 おたんじょうびおめでとう ママ」と書かれていた…。
FIN。