2009.1.31up
♥3話のカップル
啓(玉木宏)――
海里(吉高由里子)
愛瑠(香里奈)――
菊田(谷原章介)
旺次郎(松田翔太)――
芽衣(貫地谷しほり)
諭吉(DAIGO)――
玲子(小島聖)
(菊田) 狂おしい嫉妬、焼きもち、不安
それらを抱えて周り続ける
なぜならそれが…ラブシャッフル
(菊田) エロスとタナトス
フロイトの分類なんだ
人間にはね、エロスとタナトスという二つの
まるで反対の本能が存在するっていう
エロスはわかるね
人間の性への本能
キラキラしたものへの欲望
(愛瑠) エッチな意味もひっくるめて?
ふふ、そうだね
タナトスは死への欲求
そんな欲求ってあるの?
あぁ、無機質の普遍性に還りたいという衝動だよ
変わらない状態?
永遠の静寂
理由もなく死にたくなるなんて…
普通に我々エロスに導かれている大多数の人間には理解できない
だから自殺はいけないとか、残された人が悲しむんだからとか
そういうことしか言えない
感性というか、種類が違うんだろうね
彼、彼女たちは、むしろ生きたいという人間を理解できないんだから
(芽衣) 啓はキラキラしてないとダメなの
いっぱい我慢してるの似合わないの
そして私は、キラキラしている啓を見てるのが幸せだから
(旺次郎) それならどの道、二人に未来はない
そうでしょう
なのに、君はシャッフルに参加してる
まだ彼の近くにいようとしてる
だって大好きなんだもん
啓が大好き…
(菊田) 彼女は僕よりも死神を選んだ
(愛瑠) 憎いでしょうね
殺してやりたいよ、死神が殺せるものなら
彼女のことよ
どうして?
だって、私は憎いよ
菊リンを、死んだ後もずっと縛りつけてるんだよ
もう忘れよう、自分の幸せ見つけようよ
その人以上に好きな人見つけよう
・・・・
やめてよそういう風に笑うの
悲しいくせに笑わないでよ
私じゃ…ダメ?
頑張るから、菊リンが幸せになれるように
アイアイ
頑張る、ね、だから私と…
いけないよ、愛瑠
君はそうやっていつも、誰かに同情して恋愛を始めていたんだろう
愛情と同情は暖かさは似ているが
赤と青のように色が違う
君は、教会の言葉通りの相手を選ぶんだ
ともに助け合い、ともに歩み
それがまるで悲しみでも苦しみでもなく、ただ喜びである相手を
相性が隣り合ったピースのように
パチリと合う彼がどこかにいる
(啓) 世の中、不景気だってどこもかしこも
やれ節約だ給与カットだって、息苦しいったらありゃしねえ
楽しいことにはつっこまなきゃ人生なんてつまんねえのさ
一億円の貸し出し料が必要だって、どっかの知事は反対らしいが
上野にパンダは必要なんだよ!
--感想--
1話放送前の情報では、今作は気楽に見れるラブコメという紹介が多かったけど、2話以降は意外にシリアスで、いい意味で野島ワールドに染まっていると感じます。
ドラマの中で、生活や地位のために我慢する啓と、遊びやギャラリーの前でキラキラする啓という対比があるけど、今作はTBS金曜ドラマという比較的自由(?)な枠で、まさにキラキラしている野島さんが見れているんじゃないでしょうか。
今作のキーワードになっている「タナトス」について調べました。
この言葉は多義的で解釈が広いみたいだけど、なるほどと思ったのは、生命は生まれる前は無であったわけで、その無という状態を基本に考えた時、生というのは不安定なので、無というやすらぎに還りたいという欲求みたいですね。
それを1日に当てはめると、行動したり楽しみたいという欲求がエロスで、やすらいだり眠りたいという欲求がタナトス、と言えるのかも。
3話は、エロスの象徴と言える、キラキラした啓にふれたことで、海里の内面にも変化が起きたかもしれない。
芽衣もキラキラした啓が好きだからこそ、お嬢様である自分との関係で萎縮している啓に葛藤している。
愛瑠に「悲しいくせに笑わないでよ」と言われた後、菊田が路上で慟哭したのは、死んでいた感情が戻ってきたからでは。
物語は、失われた”キラキラ”やエロスを取り戻す方向に向かっているのでしょうか。