世界の中心で、愛をさけぶ
セカチューの謎

"MYSTERY" OF SEKACHU-.  

Q09. 明希はなぜシングルマザーという設定なの?


原作も映画も、サクの新恋人(名前不明&律子)は独身女性でした。
一方、ドラマ版の新恋人・明希は、子ども(一樹)がいるシングルマザーという設定。
この部分はドラマオリジナルで原作や映画を踏襲していませんが、どのような意味でこのような設定になったのでしょう?

当サイトBBSの投稿より。

僕は一樹(明希の息子)がどうこうする…っていう話にはならないと思います。
そうすれば話にインパクトを持たせられるけど、このドラマはインパクトが売りではないと思っているので。 だから演出の1つとして考えて子供が出てくるっていう設定かもしれないなと思います。

現実のサクの心境を考えるとどう転んでも笑えませんが、サクは子供の前では微笑んだりしています。 少し哀しい笑顔ですが「それでも人は笑えるんだ」っていう意図を感じます。
あの子がいなかったら…かなり現実が重くなったのではないでしょうか。
(ポチさん)

サクの今の年齢から言って、釣り合ってる女性っていうのは、一般的に結婚して子供がいてもおかしくない年齢だからではないでしょうか?
だいぶ年下の女性の場合は、悲しんでるくせにちょっと若い女の子好きの、イヤらしいオヤジみたいなイメージにもなりかねない。
でもシングルマザーの女性の場合、サクのココロの痛みもわかってあげられ、母性があり包容力もありそうで、亜紀に強い焼きもちや、イヤな嫉妬でサクを責めそうにないから…じゃないでしょうか。
(空さん)

一樹が二人を結ぶかと思いきや、結局、そういう結末ではなかったですね。 (それだとありがちなので、そうならなかったのは良かったと思います)
シングルマザーである明希の設定は、一樹がどうこうというよりも、そういう境遇である明希自身に関わってくるようです。
私は明希の人物像は見ていて掴みずらい部分も多かったですが、シングルマザーだからこそ人の痛みがわかる包容力があって、 そしてサクを慈しむ母性がある、と考えると、その人物像がよりつかめてくる気がします。
つまり大人サクの重い過去を受け止められる、母性的な女性にするため…でしょうか。


2004/09/28




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