今日も「森の時計」に静かな朝が訪れる。
朝食の準備をする勇吉(寺尾聰)。
妻・めぐみの写真に手を合わせ、「おはよう」と。
窓から外を眺めると、遠くに見える山は雪に覆われていた。
富良野にも初雪が迫っていた…。
ペンションオーナーの滝川が、30代の気品のある女性と共に「森の時計」を訪れる。
常連客の音成(布施博)らは、この女性に興味津々。
滝川の親戚で、最近東京から富良野にやってきた未亡人だという。
未亡人の話で盛り上がる常連客をよそに、薪を取りに外に出る梓(長澤まさみ)。
薪置き場の下に、この前皿を割った時のかけらを見つける。
そこに拓郎(二宮和也)を感じた梓は微笑む…
いつものように、「森の時計」の来客にオーダーを取りに行く梓。
だが客の男の顔を見て凍りつく。
梓に気づいた男も「皆川君、ここで働いてたの?」と驚く。
脅えるように厨房へともどった梓。
梓の異変に気づいた姉のリリは、男から引き離すように買い物へと行かせる。
しばらくした後、リリが梓の異変を勇吉に説明していた。
(リリ) 梓の初恋の先生です。
ちゃんと奥さんもいるっていうのに、ずいぶん向こうも積極的で。
それが学校の中で評判になって。
そのおかげで、ひどいイジメにあったんです、あの子。
そしたら先生、さっと梓から逃げちゃって。
それから梓、学校に行かなくなりました。
リストカットって知ってますか?
自分の手首をカッターナイフで切るんです。
本当に死のうと思ったのか、そういうフリをしようとしたのか
1年くらいの間、何度も何度も、あの子左手を自分で切りました。
あの子の左手、まだ何本もその切った痕残ってます。
勇吉は静かに何かを考えていた…。
傷心のままスーパーを訪れた梓。
2人前の寄せ鍋セットが目に入ると、何かを思いついた梓はそれを買って拓郎のいる美瑛へと向かう。
家の前で拓郎の帰りを待っていた梓は、「また来ちゃった…」と。
一緒に寄せ鍋を食べる二人。
(梓) 人と食べるのって美味しいよね
(拓郎) いつも一人で食ってんのか?
姉ちゃんと
姉ちゃんと暮らしてんのか
前はお姉ちゃんの旦那さんもいたけど、消えちゃった
消えちゃった…?
うん、消えた。フフフ…
その前に母さんも消えたのよ
炭鉱事故で父さんが死んで、炭鉱が閉鎖になったら、隣のおじさんとパッと消えちゃった
…よく人が消えるな
そう、私の周りはすぐ消える
パッと消える
フフ、そういう運命にあるのかな…
続けて梓は、今は「森の時計」という喫茶店で働いていると拓郎に話す。
マスターがカッコいいの
みんなが謎のマスターって陰で呼んでる
なぜ謎のマスターなんだ
自分のこと絶対言わないから
静かで、とっても寂しい人
寂しい…何が…?
なんとなく
奥さんを亡くして、一人だって言うし
拓郎は色々なことを聞き出すが、梓は勇吉のことを深くは知らなかった。
息子がいること、そして妻を交通事故で亡くしたことを、勇吉は従業員に隠しているらしい。
夜、閉店後の「森の時計」に、酔っぱらった朋子が訪れる。
「未亡人とお見合いしたんだって?」と勇吉に食ってかかる朋子。
持参したウイスキーを取り出し、勇吉と隣り合って飲むことに。
(朋子) 寂しいなぁ…
娘がね、夕方電話かけてきたの
別れた亭主がね、死んだんだって
(勇吉) それは…
だからどうってことじゃないんだけどさ
あいつと、本当にもう会えないんだって思うとさ…
ねぇ勇さん、あんた、メグのことまだ忘れられない?
……
忘れられないんだ?
死んでる人間のこと考える暇あるならね、生きてる人間のこと考えてやんなさいよ
親なら息子に会ってやんなさいよ
朋子にそう諭され、何年か前の日ことを思い出す勇吉。
勇吉は「森の時計」を始める前に、朋子がオーナーを務める「北時計」で見習い修行をしていた時期があった。
そしてある冬の日、突然「北時計」に拓郎が訪れてくる。
* * * * * * * * * *
父さん
……
何か用かね
いやぁ、父さんが大丈夫かと思って
大丈夫とは
元気かなと思って
元気だ
心配してたんです
それはありがとう
しかしわれわれは、もう切れたはずだ
僕はそんなふうには思ってません
いや、おまえは一人でやっていくと言った
今までも一人でやってきたと言った
話は終わったはずだ
元気なんですか?
身体の調子は…
そう話しかける拓郎を相手にせず、立ち上がって北時計を後にした勇吉…。
* * * * * * * * * *
「森の時計」に先日の未亡人・美可子(清水美砂)が再び訪れる。
(美可子) 夜中に目が覚めて、あんまり静かなんで
車の音も全然しないし
(勇吉) 最初は私もね、そうでした
あんまり静かなんで、目が覚めました
でもじきに慣れて、いろんな音が聞こえ始めます
いろんな音って?
風の通る音とか、けものの足音とか…
美可子が楽しそうにミルを挽いていたことで、勇吉はめぐみとの会話を思い出していた。
定年になったら喫茶店を開きたいと言っていためぐみ。
客にコーヒーミルを挽かせるアイデアも、めぐみが考えたものだった…。
「森の時計」に梓の高校時代の教師・松田(佐々木蔵之介)が再び訪れる。
「会いたくないって梓は言ってるんです」と姉のミミは怒りを見せる。
テラスで勇吉が松田の相手をすることに。
「もうあの子に近づかないでやってくれませんか」と勇吉。
松田は梓にした仕打ちを反省し、会って謝りたいと話す。
(松田) 昨日偶然、彼女にここで会って、どうしても一言、謝りたくなったんです
そのお気持ちは、私から伝えておきましょう
直接謝らせてくれませんか?
でないと、心が晴れません
それはちょっと、話が変じゃないですか
え…
あなたは彼女に謝りたいとおっしゃる
でもそれは、彼女のためになんですか
それとも、あなたのために謝りたいんですか
……そうですよね。
確かに私は、自分のために、謝らせてくれと言ってるのかもしれません…
そう言い残して立ち去る松田。
皆空窯。六介の息子・洋一が3年ぶりに帰郷することになった。
拓郎たちがジンギスカンパーティーの準備をしていると、息子が帰ってくる。
親子の再会を喜び合うのもつかの間、洋一は「結婚するんだ」と突然の報告。
しかも、相手も一緒に来ているという。
おそるおそる挨拶をする恋人の紀子(吉井怜)。
六介と母はそんな二人を歓迎し、パーティーが始まる。
さらに洋一は、すでに紀子が妊娠していることを告白。
六介は怒るでもなく、「孫が生まれるのか…」と豪快に喜ぶのだった。
そんな暖かい家族の姿を見て、拓郎は父との数年前の別れの日のことを思い出していた…。
* * * * * * * * * *
これから、どうするんだ?
父さんは、今日会社に辞表を出してきた
来週の月曜には、母さんの生まれた北海道の富良野に発つ
そこでコーヒー屋を開いて暮らす
東京へはたぶん、もう帰って来ないだろう
おまえはどうする
ひとりで生きます
そうか、ひとりで生きられるんだな
僕はこれまでもずっと、ひとりで生きてきましたから
父さんや母さんは、何の役にも立たなかったわけだ
そりゃ金銭的には食わしてもらってたわけだけど、普通の家の子みたいに、いつも父さんは側にいたわけじゃない
僕はこれからもひとりで生きていきます
そうか…
それじゃあ、お前に少しまとまった金をやろう
それでお互い、もう会うまい
別にもう会わないってわけじゃ…
お前は今ハッキリ言ったぞ
ひとりで生きていくって
父さんはハッキリ聞いたぞ
お前は母さんを死なせた上に、俺に向かって…
俺が何もしてやらなかったか?
いや
いつも一人で暮らしてきたか
よく言った
いや…
よく言った
父さん、ショックだ
父さん、待ってください、父さん…
そうして親子の仲が断絶した勇吉と拓郎…
* * * * * * * * * *
夜の森の時計。勇吉が亡きめぐみ(大竹しのぶ)と話している。
(めぐみ) 初雪が来るわ
あぁ
何を考えておいでですか?
元気だろうか、拓郎は
心配?
そりゃあ心配だ、毎日心配してる
俺があまりにも、大人気なかったのかもしれないな
おまえの事故でカッとして、俺は自分を見失ってたのかもしれない
人は誰だって、そういう時があるわ
なぁ、おまえの言う通り、お客にコーヒーの豆を挽かせたら、意外にこれが好評だ
ほらご覧なさい、言った通りでしょう
未亡人さんも喜んでたし。あの人きれいね。
俺の趣味じゃない
朋子の方が趣味?
彼女はおまえの親友だよ
親友だって女だわ
昨夜、朋子にしなだれかかられて、あの時あなた、ドキドキしたでしょう
馬鹿言え
ちょっとしたでしょ?
しないよ
ほんのちょっと、した?
しない
あなたも再婚考えたら
何言ってんだよ
真面目な話よ
バカ言ってんじゃないよ
そんなことより、ちょっと冷えてきたな
薪取ってくるよ
勇吉が薪置き場で薪を取っていると、近くで物音が聞こえる。
「だれかいるのか?」と声をかけるが反応はない。
店内にもどる勇吉。
木陰からは、拓郎が涙を流しながら父の姿を見つめていた…。
言葉をかけられず、走り去る拓郎。
その時、初雪が降り始める…。
第3話終わり。
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