北海道・富良野から50キロ離れた美瑛という町で、陶芸職人として見習い修行をしている湧井拓郎(二宮和也)。拓郎の運転ミスで助手席にいた母を亡くして以来、父との仲は断絶状態だった。その父・勇吉(寺尾聰)は今、富良野に住んでいる…。
(拓郎) 昨夜また、あのたまらない夢を見た。
僕の最悪の運転ミスで、助手席にいたおふくろを死なせてしまった。
どうしようもない、あの日の夢だ。
あの日から僕の人生は変わった。いや、僕なんかどうだっていい。
一番変わったのはおやじの暮らしだ。
おやじはそれまでニューヨークに住んでた。商社のニューヨーク支社長だった。
おやじは俺やおふくろのところに、ほとんど毎週手紙をくれてた。
だけど、おふくろが死んでから半年ほどで、おやじは急に会社を辞めた。
東京の家を全部整理し、僕にある程度の金をくれると、たった一人で北海道に移り、おふくろの故郷である富良野の森で「森の時計」というコーヒー屋を始めた。
もう2年前の出来事だ。
以来、僕には会ってくれない…。
実はおやじは知らないんだけど、僕はおやじの住むこの町から50キロほど離れた美瑛という町に住んでいる。
十勝岳のふもとにある皆空窯という焼き物の窯場で、見習いとしてずっと修行してるんだ。
僕をその窯にこっそり紹介してくれたのは、おふくろの親友であるママ(朋子)だ。
ママだけが、この町で我が家の事件を知っており、おやじからこっそり隠す形で皆空窯を紹介してくれた。
頼まれた陶芸品を届けに、富良野にある喫茶店「北時計」を訪れた拓郎。
「北時計」のママ・九条朋子(余貴美子)は拓郎の亡き母・めぐみの親友で、勇吉と拓郎の仲を案じている。
拓郎は自分で焼いたコーヒーカップを朋子に差し出すと、代わりに父にプレゼントして欲しいと頼む。今日は勇吉の還暦(60歳)の誕生日だった。
だが、自分から託されたものであることは黙っていて欲しいと言う。
母を事故死させ父を一人ぼっちにしてしまった拓郎は、父に対して強い負い目を感じていた…。
その帰り、拓郎が買い物をしていると、派手に食器が割れる音が聞こえてくる。ある若い女性客・皆川梓(あずさ)(長澤まさみ)が、売り物の食器を落として割ってしまっていた。近くにいた拓郎が後片付けを手伝う。
極端に不器用なせいで、自分が働く喫茶店でもよく食器を落として割ってしまうと言う梓。
陶芸場で働く拓郎は、「食器が欲しいなら余ってるからいくらでもやるよ」と言って携帯番号を交換する。
梓は拓郎がオーナーを務める喫茶店「森の時計」の従業員だが、拓郎はまだそのことを知らない…。
その勇吉が営む喫茶店「森の時計」に、勇吉の商社時代の後輩・水谷夫妻が訪れる。
水谷(時任三郎)は会社を辞めて、故郷の秋田でペンションを開くと勇吉に語る。
今までは仕事で海外出張が多く、落ち着く余裕のなかった夫婦生活だったが、これでゆっくりできると妻・美子(手塚理美)は笑顔を見せる。
「北時計」のママ・朋子が拓郎から託された還暦のプレゼントを持って「森の時計」を訪れる。
今日が勇吉の誕生日であることは、梓たち従業員も知らなかった。
勇吉はなぜ朋子が自分の誕生日を知っていたのか疑問に感じつつも、プレゼントのコーヒーカップが気に入った様子。それが拓郎の造ったものであることは知らない。
朋子はそれとなく息子との関係を聞き出す。
(朋子) 息子には連絡取ってる?
(勇吉) 取ってません。
わかってるの? 消息。
いいえ。
気にならないの?
私がここにいるのは知ってるんです。
気になったら向こうが連絡してくるでしょう。
冷たいなぁ。
男ですからね、あいつも。
男は一人でやってくもんです。
水谷夫妻が「森の時計」の近くを散策していると、雪虫が飛んでいるのを見つける。
初雪が訪れる前兆だった。
だがその時、水谷の妻・美子が呼吸困難になり倒れこんでしまう…。
「森の時計」でも窓から雪虫が飛んでいるのが見えた。
拓郎は亡き妻・めぐみ(大竹しのぶ)と交わした会話を思い出す。
(めぐみ) 雪虫が飛ぶとね、それから10日後に初雪が降るの。
富良野の方ではみんなそう言うわ。
めぐみとの日々を思い出していると、病院から勇吉に電話が。
水谷の妻・美子が緊急入院したという知らせが届く。
病院に駆けつける勇吉。
呼吸困難で運ばれた美子は応急処置で一命は取り留めたものの、乳がんで、あと2〜3ヶ月の命だと言われる。
それを知っていた水谷は、最後に妻に楽しい思いをさせたいと今回の旅行に出ていたのだ。
険しい顔で「森の時計」に帰ってきた勇吉。
夜になり、病院を抜け出した水谷が再び「森の時計」を訪れる。
会社を辞めて故郷の秋田でペンション経営するという話は、病気の妻を元気づけるためのもので、実際は土地を買っておらず設計図も適当なものだと水谷は告白。
実際は会社を辞める予定もなかった…。
(勇吉) 残酷だな…。
(水谷) はい…残酷です。
だけど、そうやってあいつの夢に一生懸命付き合っているうちに、最近何だかわからなくなってきて。
女房を最後に騙すくらいなら、全部捨てて本当にしちまおうかって…。
この前、何気なく計算してみたんですよ。
結婚して、われわれ15年になります。
外国を転々として、ほとんどが単身赴任だったから。
一緒に暮らした日を計算しましたらね、何度計算しても、5年弱ぐらいにしかならないんですよ。
一緒に暮らしたの、わずかなんですよ。俺たち、まだほとんど新婚なんですよ…。
そう考えたら、たまんなくなりましてね。
学生時代にテニスで知り合って、好きな奴がいたのにそいつからぶんとって、本当に惚れ抜いて一緒になったのに。
俺は一体何やってたんだろうって…。
勇吉がニューヨークで働いている時、妻・めぐみを驚かすためにサプライズ誕生日パーティーをしたことがあった。水谷夫妻もそのパーティーに参加していた。
奥さん感激して、泣き出しちゃったじゃないですか。
あの晩、帰りにうちのやつしみじみ、お宅は素敵だって、何度も言いましたよ。
ああいうのが家庭ねって、あいつ言ったんですよ。
そう言い残して病院へと戻る水谷。
勇吉が店内で一人でくつろいでいると、亡きめぐみの姿をそこに感じる。
(めぐみ) 雪虫が舞ってたね
(勇吉) あぁ
あと10日経つと、初雪が来るよ
うん
誕生日おめでとう
あぁ
とうとう還暦になっちゃったんだ
うん
私ね、あなたの還暦のお祝いには、すごい計画立ててたんだ
どんな?
船で旅するの、豪華船の旅
いいな
ただね、ひとつだけ心配なことがあった
あなたに時間が取れるかってこと
せっかく楽しみに用意してても、土壇場になってダメって言われたら悲しいもん
そんなことはしない
どうかなぁ
約束したら破らないよ
前科があるからなぁ、何度もドタキャンの
その旅は、俺たち二人だけで行くのか
拓郎は連れて行ってやらないのか
あなたはどっちがいい?
連れて行きたかったな
連れて行って、毎日海を見ながら色んな話をしてやりたかったな
今まであいつに話したことのない、俺たちの若い頃の話なんかも
私たちの知り合った頃の話も?
あぁ、お前が若くてピチピチしてて、どんなに俺にとって眩しかったか
そういう話をしてやりたかったな
…今からじゃダメなの?
拓郎とゆっくり話をすること。
…話したいよ。
実を言えば、ときどき最近、ひどくあいつに会いたい時がある。
あいつはここを知ってるんだから、連絡することはできるはずなんだが、あいつの方からはまったく連絡してこない。
あなたと会うのが怖いのよ。
きっとそうだろう。
だけど俺の方も、あいつに会うのが怖い。
あいつが、どこで何をしてるのか。悪い世界にまた戻ったんじゃないか。
ただね、この店でここに来る色んな人と、何でもない話をしてる時に、
最近ときどき、ふっと優しい気持ちになる時があるんだ。
なんかこう、たまらなく優しい気持ちにね…。
そういう時、急に、あいつに会いたくなる。
それはたぶん、ここに来る素朴な人たちの、素朴な優しさのおかげだと思うけどね。
気づくとめぐみの姿は消えていた。
代わりに外から声が聞こえてくる。
勇吉が表に出てみると、ハッピーバースデーの歌を歌いながら、従業員や常連客らが勇吉の誕生日を祝うために集まっていた…。
涙ぐみながら笑顔を見せる勇吉。
その頃、誕生日パーティーを欠席した梓は、お皿をもらいに勇吉の働く窯場を訪れていた…。
第1話終わり。
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