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過去ログNo1
再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
2004年7月2日、都内の病院に病理医として勤務する松本朔太郎は、その日勤務中過労によって倒れ、そのままその病院に入院した。
夜になって、知り合いの女性である小林明希が見舞に訪れ、彼の身の回りの物と一緒にポストに溜まっていた郵便物を渡した。
その中の1枚の写真付きの葉書・・・それは高校時代の恩師からの手紙だった・・・その懐かしい風景は、忘れようとも忘れられない思い出の詰まった校舎の写真だった。
17年前と何も変わらないその風景が、あの頃のことを朔太郎の脳裏に次第に鮮明に思い出させていた。
そう・・・廣瀬亜紀という少女のいたあの頃を・・・。
朔太郎はその夜、他の入院患者がつけているラジオから聞こえてきた投稿ハガキの内容に、矢も盾も堪らず病室を抜けだし、ふらついた足取りで雨の降りしきる通りへ歩き出した。
その時、朔太郎とすれ違うようにして1台のタクシーが病院の門をくぐり、救急外来の玄関の前で停車した。
そして、父親におぶさるようにして一人の少女がタクシーを降り、母親に寄り添われながら、高熱に震える体でその中に入っていった。
少女の名前は広沢綾、診断・・慢性骨髄性白血病急性転化期・・その治癒率は極めて低く、速やかな骨髄移植こそが彼女を救う唯一の手段だった。
彼女の命の砂時計はものすごい速度で落ち始めていた。
担当医師の田村俊介は、いちるの望みをたくして骨髄バンクにドナー照会を依頼、綾のHLAデータを基にコンピューターは適合者を見つけ出した。
その名前は・・・松本朔太郎、1970年10月23日生まれ、男性、職業・・医師、自分の同僚であり大学時代からの友人でもあった。

1987年10月24日、愛媛県の病院で一人の少女が白血病によってこの世を去った。
その少女の名前は廣瀬亜紀、そして時を同じくするようにして、東京目黒区の産婦人科医院で一人の女の子が産まれた。その子は綾と名付けられた。
その少女に永遠の愛を誓った少年は、やがて医師になることを目指し、それから17年の歳月が流れた。
そして、運命は再び彼らを・・・。


もう一つの結末(1)は過去ログのNo19にあります。
...2006/03/05(Sun) 13:44 ID:TIl8FMo6    

             Re: 再会(もう一つの結末)  Name:SATO
パート2突入おめでとうございます。
続きを楽しみにしています。
...2006/03/05(Sun) 22:49 ID:MiYlmA1A    

             Re: 再会(もう一つの結末)  Name:表参道
clice様

パート2突入ですね!!

今までのストーリーのあらすじだけで早くも感動しております。

これからも期待してます。

頑張って下さい。
...2006/03/05(Sun) 23:39 ID:9bUqjjzk    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:にわかマニア
 パート2突入おめでとうございます。
 ドラマ本編の設定はそのままに第二世代の青春群像を描いた朔五郎さん・SATOさんたちのグループの作品群や,たこ焼きパパさんの別サイト,空港ロビーで倒れたところから本編と枝分かれして,主人公たちのほのぼのとした情景を描いたグーテンベルクさんやたー坊さんの作品群に対し,17年ぶりの帰郷から本編と枝分かれするこの物語は,原作にも映画やドラマにも描かれなかった「空白の歳月」に対する壮大な仮説が提示されているような感じで,なかなか読みごたえがあります。
 綾の病状がこの先どう推移していくのか,朔太郎は自らドナーになったことを通じて,亜紀とどのように向き合っていくのか,小林はそれをどう受け止め,2人の距離がどう変化していくのか,これからの展開が楽しみです。
...2006/03/05(Sun) 23:57 ID:DImNB0sU    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:航空?ファンです!
多忙な仕事!愛猫Cliceちゃん・本田美奈子さんの他界等多々・・有る中再開された事を喜んでいます!
(まさかCliceちゃんの灰をビンに入れて・・なんて・・・無いですよね?)
私が初めてドラマを見た時は緒方朔さんの「なんて女々しい奴だ!17年も引きずるかあ?」から始まり中盤からは「うーん一番多感な高校時代にこんな体験したら俺なら一生引きずるかも?」との想いに変わりました。  でも・・・17年引きずってたのでは無く!医学を学び、白血病と戦う現場で、知れば知るほど、あの時知らなかったとは言え「ヤッテハイケナイ事ばかりをヤッテシマッタ!」「亜紀を早く死なせてしまう事ばかりを・・・」としょく罪の念を深める17年だったと知りました。もうドラマに沿いつつ深堀りして来た「もう一つの・・」は私的には今回一番深かったと思いました!・・・でも最期は・・・・????
...2006/03/06(Mon) 14:02 ID:KlcAnicQ    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

スレッド、PART2突入、おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。

最初、「あまり長くはならないと思います。」ってお書きになっていて、私もあの最初の投稿からこんなに長編になるなんて想像もしてなかったんですが、これはとてもとても嬉しいことです。
真ん中あたりで、「結末を読むのが、楽しいような、淋しいような・・」と書きました。
今は、きっとあの時よりも淋しい気持ちの方が強いと思います。
でも、きっとまだまだ続きますよね(笑)。

いつも柔らかさと鋭さ、繊細さと大胆さを併せ持つ、素晴らしい表現に魅せられています。
どうぞ、お身体に気を付けて執筆活動、頑張って下さい。
...2006/03/06(Mon) 19:11 ID:Bu.FmxM.    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:Marc
こんにちは、clice 様

お久しぶりです、Part2開始おめでとうございます。

待つ時間が楽しみに変わることが、また訪れました。
これからも、よろしくお願いします。
...2006/03/10(Fri) 17:08 ID:h0zFXvkg    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 cliceさん、こんにちわ。Part2開始、とてもうれしく思います。わたしは、Part1の極終盤に、書き込みをさせていただいた、ふうたろうです。

 cliceさんのこれまでの物語への、感想を少し書かせてください。

 わたしは、今年になって「世界の中心で、愛をさけぶ」に出会い、すっかり虜になってしまったファンです。映画公開から2年近く、ドラマ放映後1年半近くが経とうとした今、もっと「世界の中心で、…」のことを知りたいと思い、このサイトにたどり着き、また、その他の関連サイトにもアクセスしています。そして、放映当時の雰囲気や様々な感想、考察、思いなどに少しずつ触れながら、なぜ、自分自身を含め多くの人の心を捉え、支持され続けるのかを、考える日々です。
 そんな中で出会ったcliceさんの物語は、ドラマ版を視聴して、疑問に思っていたこと、そして、私自身の朔太郎と亜紀への思いを、具体的に物語として描いてくださり、スレッドが更新されているのを心待ちにしている毎日です。


 ドラマ9話で明希へ朔太郎が語る「二人の選択」と「僕の選択」が、5話で朔太郎のナレーションで語られる「亜紀をぼろぼろにし」、「普通の死別」でない結果となった。そして、普通で長過ぎると考える17年間も苦しむ朔太郎。
 なぜ、ここまで苦しまねばならないのか、という疑問に対して、「もう一つの結末」で「骨髄抑制」による出血死による亜紀との死別という解答が示されました。
 「骨髄抑制」は今でこそネット検索で、比較的容易にその内容を知ることができます(わたしは国立がんセンターのHPで内容を知りました)が、多分、一般的な医学書では知ることができなかったと思います。ましてや、当時、高校2年生の朔太郎には知る由もなかったでしょう。しかし、朔太郎は亜紀の死後、医師の道を志し、かつ、白血病を学んだからこそ、亜紀を死に追いやったのは自分自身だと、「僕の選択」の結果を罪として苦しんだのだと理解できました。(骨髄抑制による出血は、9話で空港でいすから倒れた亜紀のひざに内出血がありましたし、原作ではさらにリアルに、鼻や口から多量に出血していることが描かれていますね。)

 またなぜ、亜紀は朔太郎が好きになったのか?これも、疑問に思っていたことでした。雨の中で弔辞を読む亜紀に傘を差し出したことのみじゃないんじゃないの?そんな疑問にもPart1で解答を出してもらいました。


 これからの物語の展開で、わたしの一番の関心事は朔太郎と綾との関係です。綾は、一時の深刻な状態を骨髄移植により脱したとはいえ、まだまだ再発の危険性を抱えながら生きていかねばならないわけで、それを支える人が必要です。それは綾の両親であり、病院のスタッフでもあるのでしょうが、やはり愛する人に支えて欲しいですよね。これまで登場した人物の中では、その役目はやはり朔太郎しかいないような気がします。亜紀との約束や亜紀への思い、贖罪、医師としての白血病への知識、そして綾に対する愛情を考えると、朔太郎には綾をこれからも支えて欲しい、そんな願いを持ちます。もちろん、年齢の差、骨髄移植のドナーと移植をされた者との関係、医師と患者しての関係、そして明希との関係、その他諸々の乗り越えなければならない壁があるわけですが、そんな壁を17年間苦しんだ朔太郎であれば乗り越えられるんじゃないかと思いたいのです。

 ついつい長々となってしまいました。

 これからの執筆、お体に気をつけながらがんばってください。「もう一つの結末」ファンとして、楽しみにしております。
 
...2006/03/11(Sat) 05:33 ID:Y0BSC97o    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
パート2突入おめでとうございます。
ご多忙のご様子で、執筆活動も大変かとは存じますが、clice様のストーリーを楽しみになさっている方は多いので、マイペースで頑張ってください。お互いに書くことを楽しみましょう。
...2006/03/12(Sun) 00:33 ID:NbPb3GW6    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「あの・・それで、先生・・綾は・・」
正信は、検査データやカルテに時折目をやりながら説明する田村の顔を、じっと覗き込むように見つめると徐に口を開いた。

9月ももう終わろうとする水曜日の夕方、正信と和子は、田村から先週行なわれたマルクの結果と綾の病状について説明を受けるため、綾と3人で無菌治療病棟の中にある面談室の椅子に座っていた。
きっと治る・・・その思いだけを信じてこの3ヶ月を一緒に闘ってきた家族だった。
その滑稽なくらい直向に娘を思う父親と、動じない強さを秘めた母親の優しさに見守られ、綾は背筋をぴんと伸ばして真直ぐに田村を見つめていた。

田村は父親の問い掛けにそっと頷くと、綾に向き直り話しかけた。
「綾ちゃん、これからはお友達とも普通に会えるよ」
「ほんと・・ですか?」
「先生、それじゃあ・・綾は・・」正信はもう一度食い入るように田村を見た。
「ええ・・明後日、金曜日の午後にでも一般病棟の方に移って頂きます」田村は穏やかな表情でそう答えた。
綾はその言葉をぼんやりと聞いていた。想像はしていた・・その為に頑張ってきた・・でも、実際にそのことを告げられると、不思議に実感が沸いてこなかった。
「綾・・」「やったな、綾」
二人の声に綾はきょとんとして振り返ると、和子はそんな娘の手に自らの手を重ね、そっと撫でると強く握り締めた。
綾の白く長い指先がほんのりと赤く染まり、暖かいこの手の温もりと引き換えなら、もう他に望むことなど何もないと・・和子は素直にそう思えた。
「綾・・良かった・・良かったね」和子はそう言って少しだけ潤んだ瞳で微笑んだ。
「お母さん・・・」
「綾・・ほんとにこの・・・さんざん心配させやがって」正信も目頭を擦りながら、いつもの口調で娘の快復を心から喜んだ。
「お父さん・・・」綾も二人を見つめた。
そして正信と和子はお互いの顔を見合わせると、そっと胸を撫で下ろすように小さく頷き合った。

「ああ・・でも良かった・・先生、ほんとありがとうございました」正信はそう言って田村に深深と頭を下げた。
「ほんとに、何て言っていいか・・これも田村先生や、親身になって綾の面倒を見て下さる看護師の皆さんのおかげです、ほんとうにありがとうございました」そして和子も頭を下げた。
「いえいえ、それは綾さんが頑張ったからですよ・・本当に苦しかったと思います。でも、それに耐えて諦めなかったから・・・10月には病院の廊下歩くんだって目標にしてたからな、ねっ綾ちゃん・・さすが都の中学駅伝で記録を持ってるだけありますねお父さん。鍛えたスタミナは伊達じゃないですよ」田村はそう言ってにこやかに微笑んだ。
「えへへ」綾もその言葉に照れてはにかんだ。
「綾、お父さんに感謝しろ、お父さんが毎朝付き合ってやったおかげで、白血病にも負けない強い娘になったんだぞ」正信も緊張が解けてついいつもの軽口になった。
「お父さん、付き合ってやってるのは私の方だよ・・もうすぐ調子にのるんだから」
「そうか?・・ははは・・」
「もう、あなた・・」和子も正信を窘めながら、久しぶりの家族の笑顔に幸せを噛締めた。

田村も3人の姿を微笑ましく眺めた。医者をやっていて良かったと思える瞬間でもあった。確かに今回の検査結果でも、朔太郎から移植された造血幹細胞は綾の骨髄の中で順調に増殖し、白血病の異常細胞は確認されなかった。
しかし、いくら綾と朔太郎のHLAが一致しているとはいっても、ドナーの免疫細胞は移植された患者との僅かな違いを見つけては攻撃を仕掛けようとし、今後、綾にどのような形でGVHDの発症が起きるかについては予測ができなかった。
また免疫の不完全な綾の身体は、菌やウイルスに対してまだまだ無防備であることには変わりがなく、今日の時点で絶対の快復が保証された訳でもまたなかった。

「でも広沢さん、無菌病棟から一般病棟に移るからといって、綾さんの病状が著しく快復した訳ではありません、そこは誤解されませんように・・。食べ物などいくつかの制限を解除できる部分もありますが、これまで通り検査を繰り返しながら、身体の状態に見合った投薬を行なって、ドナーから頂いた骨髄が綾さんの身体の中でしっかりと働いていけるように、みんなで手助けしましょう。そしてもとの健康な身体になることが、骨髄を提供してくれたドナーの人が一番望んでる事だし・・綾ちゃん、それが新しい命をもらった君の使命だよ、分かるね」田村はそう言って少し釘を刺しながら、綾に朔太郎の思いを伝えた。
「はい」綾は真直ぐに田村を見て頷いた。
「綾、ほんとね・・どこの誰か分からないけれど、その人が綾のことを思って骨髄を提供してくれたから、お母さん今綾とこうしていられるんだものね・・・いくら感謝してもしたりないわね」和子はそう言って、綾の肩に手を回しそっと自分に引き寄せた。
「そうだな・・その通りだな、先生、これからも娘のことよろしくお願いします」
正信はもう一度頭を下げた。
「分かりました、じゃあ綾ちゃん、次はいよいよゴール目指して頑張ろう」
田村の言葉に綾も笑顔で答えた。しかし、嬉しいと思う気持ちの反面、どこか綾の心に寂しさも漂っていた。

面談室を出て病室に向かう途中、ナースステーションの入口で森下に会った。
森下は3人に会釈すると、小声で綾に話しかけた。
綾は小さくVサインを出すとにっこりと頷き、森下もそれを見て嬉しそうに微笑んだ。
そして正信と和子は、森下に丁寧に頭を下げて感謝の気持ちを伝えると、恐縮する森下も
これまでの家族の苦労を優しく労った。
綾もその横で照れ臭そうに微笑むと、聞きつけた看護師達がすぐに集まってきては口々に快復を祝い、ナースステーションの前の廊下に明るい笑い声が溢れた。

「じゃあ、綾、お母さん達これで帰るわね」
「うん、気をつけてね」
「お前こそ、嬉しいからってはしゃいで熱出すなよ、また出られなくなっちまうぞ」
「分かった、分かったから・・もう、うるさいな」
「親に向かってうるさいとはなんだ」
「だって、うるさいでしょ」
「綾・・・もう、あなたも・・他の患者さんのご迷惑になるから、帰りますよ、じゃあね、綾」和子はそう言って、子離れのできない父親をひきずるように帰っていった。
綾は二人を出口まで見送り、二重になったドアが閉まっても、すりガラスに映る二人の影が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。

「お見送り、いつもここまでだもんね」
気がつけば森下が横に立っていた。
「森下さん・・・」
「でも綾ちゃん、それも明日まで・・良かったね」
「ありがとう・・でも・・」
「でも・・?」
「森下さんに・・おはようって言ってもらえなくなる・・あと、体温計も渡せないし、点滴も換えてもらえなくなる・・」
「なあに、子供みたいに・・」
「だって、子供だもん・・・それに・・秘密の話だって・・・」
綾は俯きがちにそう呟き、森下はそんな綾の気持ちを察した。
「そっか・・松本先生か・・・」
「森下さん、前に言ってくれましたよね、私の骨髄を調べるの松本先生だって・・だったら良くなったこと知ってるはずなのに、なんで来てくれないのかな・・・」
「そうだね・・ほら、忙しいから・・先生達」
「でも、前はそれでも来てくれてたのに・・・もう心配じゃなくなったとか・・・彼女とか・・・?」
「綾ちゃん・・・うーん・・それはあるかもね」
森下は腕を組み一人頷く仕草をした。
「嘘・・!」綾は慌てて森下を見た。
「う・・そ・・よ、嘘、そんな話聞いてないよ」森下は悪戯っぽい微笑みを浮べた。
「もう、森下さん、意地悪なんだから」
「私達看護師の情報網は凄いのよ・・この病院の中に秘密なんてないんだから」
「ふーん、そうなんだ」
「そうよ・・だから、そんな心配そうな顔しないの」
「うん」綾は小さく頷いた。
「さてと・・そうそう、申し送り、申し送り・・と、じゃあね、綾ちゃん」
森下はそう言うとばたばたとナースステーションに入っていった。
その時、ドアの開く音がして綾は急いで振り返った。
一瞬白衣が目に映ったが、綾も検査で会ったことがある口腔外科のドクターだった。
綾が会釈をすると、医師も丁寧に返してくれた。
綾はたった今医師が出てきたドアを見た。
会いたかった、会って一言「良かったね」と言って欲しかった。
「ばか・・」綾はそう呟くと、病室に戻る廊下を歩き出した。

続く
...2006/03/17(Fri) 08:01 ID:OxJ5p81w    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:栄光の架橋
はじめまして。
栄光の架橋です。私もcliceさんの作品のファンです。久々に作品を読めてうれしいです。これからの展開がとても楽しみです。
これからも頑張ってください。
...2006/03/17(Fri) 10:30 ID:4wy4lURw    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
こんにちは、clice様。

読んでいて不思議な感覚がありました。
綾と朔太郎が初めて会った頃のことです。
どこの誰かはわからないけれど、無菌ガラスの向こうで自分のことを見つめる人。
夢の中で出会った哀しい瞳の少年。
綾がその頃を、振り返ったような気がしました。

ともかく、元気になって良かったです。
ということは彼女の行動も広がって来るのでしょうか。
楽しみです。

P.S.〜哀しい瞳の少年が、一瞬桐原亮司に重なりそうになり、
あ〜いかんいかん!になりました(笑)。
...2006/03/18(Sat) 13:35 ID:ll8GAoEs    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
SATO様
パート2に入ってすぐに頂いた書き込み、とても嬉しかったです。
話の舞台は東京に移りましたが、智世と亜紀・・また書いてみたいですね。
SATO様が新しく書き始められた物語、大変でしょうが頑張って下さい。

ぶんじゃく様
・・ですよね、近況ぐらい伝えろよ・・って思いますよね。
でも、それも言い訳のような気がして、やっぱり結果を出さねば表舞台には出られない・・と・・すみません、ご心配お掛けしました。

双子のパパさん様
ご感想を頂きながら、ちゃんとご返事もできずにすみませんでした。
頂いたご感想、とても嬉しく思いました。
たまに自分でキーボードを打ちながらうるうるってくると、我ながらあほじゃないかと思いますが、そういう話はドラマの脚本家である森下さんも、ある雑誌の中でされていたように思います。でも、それが伝わるなら悪くないですね、書くって作業は・・。

けん様
ご無沙汰しています。
けん様にもずっと応援して頂いて、なんとかここまで書いてこれました。
綾がいよいよ一般病棟に移り、ようやく最終章のスタートかなと思います。
もう少しお付き合い下さい。よろしくお願いします。

表参道様
いつも応援して頂いてありがとうございます。
なんとか書けるペースになってきましたので、できるだけコンスタントに書いていきたいと思います。ずっと明希を書いてきましたので、綾が戻ってくるのに少しだけ時間がかかりました(笑)。でも、「ばか・・」で綾ちゃん復活・・みたいな。

にわかマニア様
久しぶりにメッセージを頂き身が引き締まる思いです。
朔太郎の亜紀と過ごした17年は、現実とすれば決して単純ではないと想像します。
それは我々の誰もが経験する17年とそんなに大きな差はないだろうと・・。
ただ違うのは、常に亜紀の存在が尺度になってしまうこと・・。
それが幸せなのか、悲しいことなのか・・・しかし決して空虚に過ぎた時間ではなかったはず・・。そんなことを書いてみたいと思いました。

航空?ファンです!様
さすがにクリスの骨は・・・人はやっぱり忘れていくんですね。
悲しさや辛さはいつのまにか忘れていく・・・人ってよくできていますよね。
ただ、思い出は残るんですね・・そして、比べてしまうことを恐れる・・・朔太郎の17年もきっとそうだったんじゃないかと・・。
だから、すべてきっかけです。人はなかなか自分からは踏み出せないものですから・・。
航空?ファンです!様にも背中を押してもらった思いがします。

不二子様
本当にお久しぶりです。
戻った早々にあなた様からのメッセージを頂いて、3ヶ月が自分の中ですぐに帳消しになりました。我ながら現金だと思います。
でもそうなんですよね、人が何かから立ち直るきっかけって、実はけっこう些細なことだったりして・・でも、些細なことが起きるかどうかが巡り合わせというか・・。
以前もお話したように、そんなことが書いてみたいと思った理由ですが、人の人生は他人の人生と繋がっている・・運命とはまるで「カオス」のようなものですね。
綾がやっと無菌病棟から出て、これですべての登場人物が同じ舞台の上に立つことになります。これから・・です・・たぶん。
ところで、私もはるかちゃんの「雪穂」には引きずられます。
綾がなかなか戻ってこなくて・・(笑)。

Marc様
ご無沙汰しています。
待つ時間、短くできるように頑張ります。
Marc様にはほんとうに最初の頃から励まして頂いて、なんとかここまで来ることができました。ありがとうございます。
これからまた病院が舞台になりそうですが、乗り物系をまたどこかで書きたいような・・
(笑)。

ふうたろう様
丁寧な感想を頂きありがとうございます。
そんなふうに私の文章を捉えて頂けたかと思うと本当に嬉しく思います。
私の中で「世界の中心で、愛をさけぶ」のドラマは、半分は白血病医療の話なんだと思っています。だから朔太郎は医師なんだと・・。
綾の闘病はできるだけ丁寧に書きたいと思いました。
普通物語的には移植後は一足飛びに快復・・が分かりやすいんでしょうが、自分の書きたい話ではそこが一番重要だと思いました。
白血病医療の現実がなくては、朔太郎を理解することができないし、亜紀やまわりのすべての人々についても同様です。
綾と朔太郎にとってはきっかけですが、すべてでもあります。
綾じゃありませんが、そろそろ目指すゴールが近づいてきました。
読んで頂けるものを書くように頑張りますので、またご感想を頂ければ嬉しく思います。
...2006/03/18(Sat) 17:22 ID:BZhfAftM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
お疲れさまです。
先日は書き込みありがとうございました。
早速、続編を拝読いたしましたが、やはり素晴らしい仕上がりです。
女同士の会話では、ほのぼのさにも切なさ。さすがです。
次回も楽しみにしております。
...2006/03/20(Mon) 02:09 ID:HRLkb/lA    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「お帰り・・お父さん達は?」
百合子はしょんぼりと俯き加減で部屋に戻ってきた綾に声をかけた。
「あっ・・うん・・今帰った」
「どうしたの?気分・・悪いの・・?」
「ううん・・大丈夫、そんなんじゃない」
「そう?」
「でも、なんか疲れちゃった・・百合子さんも疲れたでしょ、もう、うちのお父さんうるさいから」綾はそう言うと百合子に向かうようにしてベッドに腰掛け、足をぷらぷらと動かした。
百合子も身体を起こすと、半開きのカーテンを引いて改まったように綾を見た。
「綾ちゃん、おめでとう・・私も嬉しいよ、綾ちゃんがこの病棟を出られるの・・」
百合子は綾に優しくそう声をかけた。
「百合子さん・・・ありがとう・・・でも・・」
綾はそう言うとまた下を向いた。
「ん・・どうしたの?」
「だって・・百合子さん、私より先に移植したのに・・まだ・・」
「なあに、そんなこと気にしてたの?」
「だって・・・」綾はゆっくり顔を上げると、遠慮勝ちに百合子を見た。
「ばかね・・・でも、ありがと」
「百合子さん・・百合子さんも良くなってるんだよね、だって外泊の話もしてたし・・」
百合子は心配そうに自分を見つめる綾にそっと微笑んだ。
「・・うん、ほら髪の毛だってこんなに」百合子はそう綾に話すと、耳の辺りを少し黒く覆ってきた髪の毛にそっと触った。
「いいな・・私なんかまだ全然・・」綾はバンダナを巻いた頭に手を伸ばし、上目遣いに見上げると、大きな溜息をついた。
「仕方ないよ、こればっかりは・・時間かかるもの、でも、綾ちゃんの眉毛ずいぶん濃くなってきたよ、だからもうすぐだよ」
「ほんとかな・・・後遺症でこのままずっととかだったらどうしよう・・・もう、私このままここにいようかな」
「どうしたの?綾ちゃんらしくないよ」
「だって、病室なんてどこでも同じだし、それに・・ほら、検査の時は出られるし、だったら百合子さんと・・」
「馬鹿言わないで!」
穏やかな百合子の突然の強い口調に綾はびくっと声を詰まらせた。
「百合子さん・・」
「嫌いだよ、そんなこと言う綾ちゃん・・・気持ちは分かるけど、そんなこと言われても全然嬉しくないよ私・・・綾ちゃんは良くなったんだから、だから先生も一般病棟に移すことを決めたんだよ、そんな人がいつまでもここに居られちゃ迷惑なの・・・子供じゃないんだからそのくらいのこと分かりなさい」百合子は言い聞かすように話した。
「私、そんなつもりで言ったんじゃ・・・ごめん・な・さい」
「綾ちゃん・・・良かったって思ってるよ、私も、綾ちゃんと一緒で・・・いろんなこと話せたし、なにより一緒に頑張れたのが嬉しかった・・・こんな妹がいたらって思ったよ、だから、もう二度とそんなこと言わないで。これからも辛いことや苦しいことがまだまだいっぱいあるんだから、そんな弱虫でどうするの?・・強くなって・・ねっ」
百合子はそう話すと、しゅんとして頷く綾にそっと微笑み頷き返した。
「なんか、ほんとのお姉さんに怒られたみたい・・」
綾は百合子の思いを察し、自分の幼さを恥じた。
「ごめんね・・つい、偉そうなこと・・・身体が良くなってくると、いろいろ考えちゃって逆に不安になったりしちゃうもんね」
百合子はそう話すと、ベッドサイドの引出しの中から手帳サイズの小さなアルバムを取り出し綾に手渡した。
綾は不思議そうな表情で受け取るとそっと中を開いた。
そこには看護師に囲まれ笑顔で微笑む百合子の姿があった。
「これ百合子さん?可愛い・・モンチッチみたい」
「こらこら」
「百合子さん、これ、いつの写真ですか?」
「それは退院してから半年後くらいかな・・退院してもずっと通院はしなくちゃいけなくて、よく病棟に遊びに行ってたの・・一緒に写ってるのは入院してた時お世話になったナースの方達・・ほらね、ちゃんと髪生えてるでしょ」
興味深かそうに写真に見入る綾を見ていて、百合子の脳裏にあの頃の記憶が過ぎった。
綾の不安な心はあの頃の自分と同じだった。
生きることへの喜びと後ろめたさを覚えたあの頃・・。

2000年8月・・2ヶ月以上に及ぶ化学治療によって無事に寛解状態に入り、身体の調子も健康な時と変わらないくらいまで快復した百合子は、2回目の地固め治療に入る前に初めて外泊を許され久しぶりの我が家に帰った。
照りつける太陽と青い海、波間に漂うサーファー達や上昇気流を翼いっぱいに受けて悠然と空を舞うトンビの群れ、そして真夏の風物詩である国道をのろのろ進む車の列と、それを見下ろすようにして通り過ぎていく緑色の電車達・・・そんな変わらない湘南の風景が百合子を暖かく迎えた。
海に向かって思いっきり背伸びをすると、病気なんかどこかへ飛んでいってしまった気がした。
そしてたった3日間の夏休みが終わる時、百合子は自分の部屋からマスコットのぬいぐるみや本や教科書と一緒に、机の上のお気に入りの写真立てを病室に持って帰った。
健康を取り戻したように思えた百合子には、長い入院生活は退屈以外の何物でもなく、そんな頃、百合子は一人の少年と出会った。

「お姉ちゃん、ねえ、これいつの写真?」
「5年生の頃かな?ちょうど今の拓也君とおんなじだね」
「これ横須賀でしょ」
「そうだよ」
「じゃあ、これは『しらね』だねお姉ちゃん」
「よく分かるね、詳しいね拓也くん、船・・好きなんだね」
「僕んち横須賀なんだ、時々自転車に乗って港まで見に行くんだよ」
「そうか、だから詳しいんだ」
船が好きだというその少年に、百合子は父親の話をして病室に迎えた。

「『しらね』はねお姉ちゃん、DDHって言ってヘリコプター搭載護衛艦なんだ、この後の大きな格納庫にねSH-60Jって言うヘリコプターを3機も積めるんだよ。『くらま』が姉妹艦なんだけど、でもそっちは九州の佐世保にいるから、横須賀なら『しらね』に間違いないよ、お姉ちゃん」
「すごい、すごい、ほんと詳しいね、拓也君、どうして分かるの?」
「簡単だよ、艦橋の形はクラスごとに違うんだ」
「ふーん、そっか」
「駄目だなあ、お父さんが護衛艦乗りなのにそんなことも知らないなんて」
「こらっ・・大きなお世話だ」
「でもね、クラスの友達はそんなのあんまり興味無いみたい・・いつもゲームとかの話ばかりしてるし・・でも僕は好きなんだ、特に自衛隊の護衛艦はかっこいいもん」
「じゃあ、これは分かる?」
百合子はそう言うと赤いパスケースの中の写真を見せた。
それは高校1年の夏、毎年の家族の恒例行事である基地のお祭りに、親友の夏実と一緒に出かけた時に撮った写真で、桟橋に並ぶ護衛艦の前でポーズをとる二人の笑顔が写っていた。そして、その手前の船に隠れるようにして写る、一際大きな艦橋を百合子は指差した。
「あったりまえじゃん、『きりしま』だよ、日本に4隻しかないイージス艦の内の1隻さ、お姉ちゃん、イージス艦は知ってるよね?」
拓也の問い掛けに、百合子は首を傾けて苦笑いしながらもその言葉には聞き覚えがあった。
中学3年の2学期が始まろうとした日、北朝鮮から発射された一発のミサイルが日本列島を飛び越え太平洋に落ちた。そしてその一部始終をレーダーで捉えることができたのが、海上自衛隊のイージス艦『みょうこう』だったと新聞やニュースで盛んに報道された。
ギリシャ神話の最高神ゼウスが娘のアテナに与えたという、無敵の盾を意味する「イージス」・・父親にその話をすると、それが日本の新しい海の守り神なんだと教えてくれた。
百合子はその時の父親の誇らしそうな顔を思い出すと、手前に写る一際スマートな船体を指差した。
「じゃあ、これは知ってる?」
「102番はね・・・?」
「おっ、護衛艦博士が悩んでいます、果たして正解は出るでしょうか?」
拓也の考える仕草に百合子はしてやったりとほくそ笑んだが、その表情を見下すように少年は平然と答えた。
「『はるさめ』・・でしょ」
「ピンポーン・・もう拓也君には敵わないな、お姉ちゃんのお父さんね、今この船に乗ってるんだよ」その真新しい護衛艦は父親の新しい職場でありもう一つの家でもあった。
「ほんと?すごいじゃん、お姉ちゃん・・『はるさめ』って海上自衛隊でも最新鋭の護衛艦だよ、そんな船に乗れるなんてお姉ちゃんのお父さんってすごいエリートなんだね」
拓也は目をキラキラ輝かせながら百合子にその船のことを話して聞かせた。

「最近の護衛艦のトレンドはね、VLSって言ってミサイルなんかがみんなこの甲板の下に入ってることなんだ、でもね、『はるさめ』もそうだけど、ハープーンだけはなぜかこうして外側についてるんだよね」
「拓也君、そのハープって何?」
「ハープーン・・対艦用のミサイルだよ」
「トレンドか・・上手いこと言うな、僕」
少年が振り向くとスーツ姿の背の高い男性が立っていた。
「でも一つ間違ってるぞ、『はるさめ』が装備しているのはハープーンじゃないんだよ、90式艦対艦誘導弾って言う国産の新しいミサイルなんだ、まあ同じような4連装の発射筒だけどな」洋一はそう言って少年に笑いかけた。
「お父さん・・」
「百合子、どうだ調子は・・?」
「うん、まあまあかな・・あれ、お母さんは・・?一緒じゃないの?」
「ああ・・ちょっと買い物してくるって言って下で別れたんだが、すぐ上がってくるだろ」
「あっ、それ、怪しい・・お母さんったら、すぐ誰かと話し込んじゃうから・・」
「言えてるな・・ところで、君は護衛艦のこと随分詳しいんだな」
そう言うと、洋一は拓也の頭を軽くぽんぽんと触った。
拓也はびっくりしたのも束の間、持ち前の好奇心を発揮して洋一に矢継ぎ早に質問を浴びせ、洋一もそれに答えるうちに百合子にはさっぱり理解できないマニアな話で盛り上がった。百合子はその様子を半ば呆れ顔で見つめると、何気なく廊下の方に目をやった。
すると見覚えのある30代半ばの涼しげな顔立ちの女性が、立ち止まりこちらを覗き込んで声をかけた。
「拓也、ここにいたの」
百合子は拓也に小声で「お母さんだよ」と言うと、少年は振り返り母親に返事をした。
「点滴の時間でしょ、看護婦さん、探してたわよ」
「あっ、やばっ」
「すみません、息子がお邪魔して」
母親は丁寧に頭を下げると、ドアの向こう側から息子を手招きをして呼んだ。
「おじさん、いろいろ教えてもらってありがとうございました」
「こちらこそ・・楽しかったよ」
「じゃあね、お姉ちゃん、また遊びに来てもいい?」
「いいよ、拓也君、またねー」百合子はそう言って病室を出ていく少年に手を振った。

「百合子・・」
「何?お父さん・・」
「あの子もお前と同じ病気なのか?」
「そうみたい・・・リンパ性の白血病で、私のとはタイプが違うみたいだけど・・でもとっても元気そうでしょ」
「そうだな・・あの頭じゃなけりゃあの子が病気だなんて誰も気がつかないな、きっと・・」
そう言って洋一は百合子に目をやり自分の失言に気づいた。
「・・すまん、お父さんついうっかりしてた」
百合子は恨めしそうな目でしばらく洋一を見つめると、すぐに笑顔に戻った。
「・・いいよ、もう慣れたから、そんないちいち気にしなくても・・」
「そうか?・・・百合子・・お父さんな・・」
「今度はどのくらいなの?・・明日、出航なんでしょ」
「お前、どうしてそれを・・」
「分かるよ、そのくらい・・何年親子やってると思うの?」
「ああ・・3週間の予定だ・・ヘリを積んで洋上で訓練を行ないながら呉まで往復する・・・なあ百合子、またしばらく会えないが、お父さんいつもお前のこと心配してるからな」
「大丈夫だよ、お父さん・・そっちの方こそ慣れっこだよ」
「そうか・・そうだな・・でも艦隊勤務じゃなけりゃいつでも顔見にこれるんだが・・」
「今更何?・・私は大丈夫だから、お父さんこそ大事な訓練なんでしょ、気をつけて頑張ってね・・私ももうすぐ次の治療が始まるから、そしたらまたきついけど頑張るから」
「ああ・・頑張れ、お父さんも頑張るから・・しかし、それにしても美佐子のやつ遅いな」
「お父さん・・お母さんのお喋り好きって、きっと長年の船乗りの妻として身についた生活の知恵なんだと思うよ・・知ってた?」

「クシュン・・」
「小野田さん、どうしました?まさか風邪じゃ・・?」
「いえ・・たぶん主人と娘が噂してるんです、大丈夫です」
「気をつけて下さいね、お嬢さんもそうですけど免疫の低い患者さんが多い病棟だから・・」
「ええ、それはもう十分・・マスクちゃんとしますから・・じゃあ婦長さん失礼します」
「ええ・・それではお大事に・・」
美佐子はそう言って師長との世間話を切り上げると、ナースステーションの前の椅子から立ち上がった。

3週間後、洋一の乗り込む『はるさめ』を含む第1護衛隊群の4隻の護衛艦は、東京湾手前の洋上で搭載してきた館山基地所属の第121航空隊のSHー60J4機を離艦させ、各艦の乗組員たちは昼夜を問わない厳しい訓練を共にしたヘリの乗員達に帽子を振って別れを告げた。
そして浦賀水道を抜け、家族や恋人の待つ母港である横須賀基地の桟橋に、ゆっくりとその灰色の船体を接岸させた。

続く
...2006/03/26(Sun) 16:53 ID:zDQqP7Bg    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「拓也君、うちのお父さんから拓也君にお見舞だって」
百合子はそう言って背中に隠した帽子を少年の頭にさっと被せた。
拓也はそれを手に取ると、思わず顔を綻ばせた。
それは自衛隊の各隊が独自にデザインしている識別帽と呼ばれる紺色のキャップで、HARUSAME・DD102と金糸で刺繍が入っていた。
「うあー『はるさめ』の識別帽だ、すごい、おじさん、これ本物ですか?」
「ああ、そうだよ、艦の乗組員が使ってる本物だ・・だから、君にはサイズがちょっと大きいかもしれないが、そのうち頭の方が大きくなるさ」
「おじさん、ありがとう・・お姉ちゃんもありがとう、僕ちょっとママに知らせてくる」
そう言うと拓也は自分の病室に向かって一目散で駆け出していった。
「拓也君、廊下走っちゃだめだよ、看護婦さんに叱られるよ」百合子はそう声をかけたが聞こえてはなさそうだった。
「・・拓也君たらもう・・・でも、嬉しそうだったね、お父さん・・ありがとう」
「いいさ、お前のボーイフレンドだからな」洋一はそう言って百合子に微笑み、百合子もそんな父親の横顔を嬉しそうに見つめた。

「すみません、皆川と申します、息子がこんな良いものを頂いて・・」
拓也の両親はそう言って病室の入口で頭を下げた。
日曜日の午後、初秋の穏やかな光が差し込む病室で、二組の家族が兄弟のようにじゃれ合う二人を囲みながら和やかで優しい時を過ごした。
それは同じ不安を分かち合う者同士の心の交流でもあった。
それからも洋一は病院に来れば必ず拓也を見舞っては船の話をし、美佐子も母親との世間話に花を咲かせて、家族ぐるみで付き合いながら情報を交換してお互いを励ましあった。
そして、百合子の4回目の地固め治療が終わり、退院という言葉が囁かれ始めた頃、拓也の容態が急変した。

街にクリスマスソングが流れ始め、汽車道から見える運河越しのクイーンズスクエアやランドマークタワーの華やかなライトアップに恋人達の心も酔いしれる頃、横浜の街に寒い北風が吹いた。
11月16日、皆川拓也はその11年の短い生涯を終えた。誕生日まで後一週間という寒い朝だった。
百合子は拓也の病室の前に立っていた。
母親の泣き声がずっと聞こえていた。
看護師が開けたドアの隙間から白いシーツが見えた。
百合子に気づいた父親がそっと手招きをして、百合子は静かに中に入った。
命の音を刻み続けたモニターの電源は既に切られ、静寂の中で聞こえるのは母親の嗚咽だけだった。
「百合子ちゃん、拓也のこと・・可愛がってくれてありがとね・・お別れ・・してやって・・」父親の涙声が遠くに聞こえていた。
百合子は拓也を見た。ただ眠っているような・・そんなふうにしか思えなかった。
今にも目を開けて、「お姉ちゃん」って言ってくれそうな気がした。
しかし、拓也の顔も身体も微かにも動くことは無く、百合子は人の死というものを初めて知った。
それは悲しいとか辛いといった感情とは違う、つい今しがたまで動いていたものが動かなくなるという事実と、いなくなるという現実・・そのあっけないほどの命の儚さをその時感じた。
「拓也君・・・さよなら」
百合子が言葉にできたのはそれだけだった。
翌日の午前11時、病理解剖を終えた拓也を乗せた車は、冷たい雨が降りしきる中静かに病院の裏門を後にし、深く頭を下げる医師や看護師達と並んで洋一と美佐子も彼らそっとを見送った。
そして、それから2週間後の11月30日、百合子は退院した。
よく晴れた穏やかな午後だった。

百合子はその後も維持療法の為の短い入退院を繰り返し、その間、同じ病棟で頑張った患者の何人かと永遠の別れをした。
みんな我慢強く病気と闘っていたとても優しい人達ばかりだった。
治ることへの不安と微かな後ろめたさが百合子の心に芽生えていた。

「星野さん・・・」
「うん、何?点滴ちょっと痛かった?ちょっと待ってね、すぐヘパリンしちゃうから」
「こんなことしても・・結局死んだりして・・」
「馬鹿言わないの!」
「・・冗談だから」
「言っていい冗談と悪い冗談があるわよ」
「ごめん・・な・さい」
「百合ちゃん、あなたは良くなってるのよ、薬だってちゃんと効いてるの」
「でも、絶対じゃないよね」
「世の中に絶対のものなんてないのよ・・確かにあなたは病気で、他の健康な人に比べればそれはリスクを背負っているかもしれないけど、でも、あなたは今生きてるでしょ」
「どうして私は生きてるの?・・拓也君や恵さんや里奈ちゃん達とどこが違うの?」
「それは・・・でも意味はあるはずよ、あなたが生かされた意味が・・あなたにしかできないことがきっとあるはず・・・その為に人は生きてるんだって私は思うの」
「星野さんは、どうして看護婦さんになろうと思ったの?」
「どうしてかな・・?子供の頃からの夢だったし、女性の仕事としては長く続けられる仕事でしょ、でも今はこうしてあなたに出会う為だったって思うのよ」
「私に会う為・・?」
「ええそう・・この弱虫さんに、しっかりしろって言う為・・」
「星野さん・・」
「私達はドクターじゃないから直接患者の人を治せないけど、でもその手足になって働いたり、患者さんの治る力を応援することはできる、その為の看護技術でありケアの心なの・・患者さんの一番近くにいるのが私達なの、だから治っていくのを見るのは時には家族の人以上に嬉しいって思ったりするものなのよ・・いい、あなたがこうやって元気になったのを喜んでる人はこの病院に沢山いるの、それを忘れないで」

百合子はみんなに遅れながらも、懸命に頑張り学校に通った。
そして2003年3月、卒業の日を迎えた。
校舎を出る前に百合子はグラウンドを覗いた。
海の匂いと土の匂いが交じり合う懐かしい空気・・思い出が走馬灯のように百合子の脳裏を通り過ぎていった。
百合子はぐっと後に身体を反らせ、逆さまになったグラウンドとその先に見える海と空を少しだけ見つめると、もう二度と見ることは無い風景を心にそっと焼きつけた。
「百合っぺ、何してるの?」
「夏実・・・うん、ちょっとね・・もうずいぶんと見てなかったから、最後に見とこうかなって・・」
「そっか・・・ねえ、帰りに寄ってかない、いつものとこ」
「そうだね、OK」
百合子は校門の手前で振り返った。
昨日まで通ったのに今は不思議とすべてが懐かしかった。
「さよなら・・」百合子はそう小さく呟いた。
そして前を歩く夏実に駆け寄り並んだ。
「ねえ、夏実、大学の話聞かせてよ・・かっこいい人いる?」

続く
...2006/03/26(Sun) 16:55 ID:zDQqP7Bg    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
お疲れさまです。
短い命が失われました。とても悲しいことで、両親の沈痛な心情が見事に描写され、伝わってきました。両親だけではなく、彼に関係する全ての人物にもそれは同じでしょうね。
生還するもの、それが叶わぬ者・・・対比のコントラストはお見事でした。
次回も楽しみにしております。
...2006/03/26(Sun) 21:18 ID:7mCvsFBE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく

>それは悲しいとか辛いといった感情とは違う、つい今しがたまで動いていたものが動かなくなるという事実と、いなくなるという現実・・そのあっけないほどの命の儚さをその時感じた。

自分もこう感じたことがありました、「儚い」
本当にそうですよね、生かされて行く者、死んで行く者、どうこに分かれ目があるんでしょうか、死んでいく者が何か悪いことをしたわけではけしてないのに
その違いは・・・現実としてそれを理解することが
出来なかった自分には「儚い」というしかありませんでした。今回はとても考えさせられました。
...2006/03/29(Wed) 04:07 ID:r71SCbb6 <URL>   

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
こんばんは、clice様。

「強くなってね。」
綾に言ったその言葉は、百合子さんが自分自身に言い続けた言葉だったでしょう。いえ、百合子さんだけではありません。人は誰もが自分に向かって「強くなれ。」そう言い続けて闘っています。
「生きる事への喜びと、後ろめたさ」
そんな綾の心が分かったから、百合子さんはその言葉を贈ることが出来ました。
はっきりと気付かせてもらった綾は、今度は誰かに「強くなってね。」と言うことが出来るかもしれませんね。

この世は出会いと別れの繰り返しなこと、改めて思う回でした。
校門の手前で振り返る百合子さんが、印象的でした。
...2006/03/31(Fri) 21:55 ID:CG3bKob6    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:にゃ
はじめましてclice様
最初から読ませてもらいました。
最近になって世界の中心で〜をみて、もやもやが消えなくて、cliceさんの物語を読ませていただいて、何かを感じてる私です。
これからの続編を期待しています!
体に気をつけて頑張ってください!!!
...2006/04/02(Sun) 18:47 ID:e1zHB0TM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 cliceさん、こんにちは。ふうたろうです。
 cliceさんからの丁寧なお返事、とてもうれしかったです。

 ドラマ版「世界の中心で、愛をさけぶ」が「白血病医療」の物語だというcliceさんのお話、まさに同感です。そこで少し、わたし自身のことも含め書かせてください。

 わたしは、この「世界の中心…」に出会う少し前に、「半落ち」を見て、その後、本田美奈子さんが亡くなった報に接し、そして「世界の中心…」に出会いました。ですから、わたし自身の中で「再び」白血病への関心は高まっていきました。
 もう10年ぐらい前でしょうか、不定期に献血をしていたわたしは、献血センターに張っていた骨髄バンクのポスターに目がいきました。献血する気持ちぐらいの意識でドナーになろうと思い、妻に相談しました。しかし、ドナーになった時のリスクを考えて欲しいとのことで反対され、それっきりとなっていました。
 そして年月が経ち、今回、「再び」白血病への関心が高まり、改めて骨髄移植について調べました。リスクのこと、家族の同意、ドナーと移植されたものとの関係のこと…。で、結局のところ、ドナーになることは断念しました。最大の難関は、わたし自身の健康上の理由と家族の同意です。
 ドラマの毎回最後のテロップを見るたび、ドナー登録をあきらめざるを得なかったことに、心が痛みます。ただ逆に、白血病の皆さんには直接的に役に立ちませんが、献血は続けたいと意を強くした次第です。

 ドラマを見てドナー登録をされた方が数多くあったと、このファンサイトで知りました。とてもすばらしいことであり、わたしはその方々の意志を尊敬します。その意志が患者さんに引き継がれ、亜紀のような患者が綾のように救われて欲しいと切望します。それが、「おまえの脚は、あの子の脚だ」でもあるのだと思います。


 拓也を見送った百合子が生き続ける意味を諭される物語、涙なしには読めませんでした。ドラマで、亜紀が谷田部先生に自分が死ぬこと意味を問いかける場面ともオーバーラップして。

 そんな百合子たちに囲まれながらの綾の行方、とても気になります。次の物語の展開も楽しみにしております。
 
...2006/04/09(Sun) 07:47 ID:yEoKRhxc    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「こんにちは、星野さん・・相変わらず忙しそうですね」
そう言うと百合子はナースステーションの中を覗き込んだ。
数人の看護師が投薬の準備をしたり、書類に目を通したりしながら忙しく働いていた。

百合子は定期検査で病院に来ると必ず病棟を訪ねた。
磨かれた廊下と微かな消毒液の匂いが不思議と懐かしく思えた。
病棟の看護師達も移動や結婚で知ってる顔は少なくなっていたが、みんないつも暖かく迎えてくれて、時にはおやつをご馳走になりながら噂話に花を咲かせた。
そして百合子はそんな彼女達にそっと未来の自分を重ねたりした。

「百合ちゃん、久しぶり・・今日、検査?」
「はい、今終わったとこです、そうだ、星野さん、今年も年賀状ありがとうございました、また1年頑張らなきゃって思いました・・改めて、おめでとうございます、今年もよろしくお願いします」そう言うと百合子は丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ・・おめでとうございます。ところで学校の方はどう?」
「もう授業にレポートに大変・・でも楽しいです、みんな同じ目標持って頑張ってるから・・それに他の娘より私の方がちょっと有利かなって・・」
百合子はそう言うと廊下の奥に目をやった。
「そうだね・・経験してるものね、百合ちゃん、いろいろ・・」
「・・ですね、授業で習うことや本に書いてあることが、あっこれってそういう事なんだってすっと頭に入るんですよ、自分でもびっくりします、なんか周りの娘にも驚かれちゃって・・それに、私お父さん似で頭が理系みたいだから、解剖生理学や病理学の授業は好きなんですよね・・・それと、自分の病気の事はちゃんと知っておきたいし・・」
「みんなはそのこと知ってるの?」
「いいえ、話してません・・・やっぱり、みんなと同じ普通でいたいから・・・」
「そっか・・」
普通であること・・ともすれば忘れてしまうこの言葉の重みを百合子は知っている・・それは看護師を目指す彼女にとってなによりも素晴らしい財産になるだろうと星野は思った。
「百合ちゃん、そろそろ臨地実習よね、いつから?」
「もうすぐです、1日から一週間の予定で・・」
「頑張ってね・・・ナースキャップ、似合うと思うわよ」
「そうですか?」
百合子は星野の言葉に少し照れながら、肩まで伸びた髪にそっと手をやった。
「星野さんは最初の病院実習の時、どうでした?」
「最初?・・・そうね・・・朝、慣れないキャップに自分の髪を押し込むのが一苦労だったわね・・・怖いからみんなで固まって病棟に行って、朝の申し送りに参加させてもらうんだけど、みんな早口で何言ってるかさっぱり分からないし・・・」
星野はそう言うとくすりと笑った。
「そんなことしてるうちに一人一人受け持ちの患者さんが決まってそのお世話をするんだけど、私が担当することになった患者さんはもうほんと頑固なお爺ちゃんで、「あんたなんかに話すことなんか何もない」とか言われてそっぽ向かれちゃうし、お世話も満足にさせてもらえなくてね、友達が仲良さそうに患者さんと話してるの横目で見ては、もう悔しいのか情けないのか分からなくてトイレでわんわん泣いちゃって・・・実習中は絶対泣かないっていう誓いをたててたんだけどね」
「えー・・星野さんでもそんなことあったんだ」
「なーに、それ、私が泣くと可笑しい?」
「いえ、全然・・でも、なんかキャラじゃないっていうか・・」
「こら、うるさい・・・でも、患者さんの気持ちを誰よりも分かってあげられるあなたなら、きっといい看護師になれるわ、私が保証する、頑張ってね」
「はい」

百合子は高校卒業後、看護師を目指して横浜にある看護専門学校に進んだ。
大学への進学は考えなかった。やりたいことができたから少しでも早く現場に出れる道を選んだ。そしてそれは両親も賛成してくれた。

「ただいま」
「百合ちゃん・・?」
「あーお腹空いた、お母さん、今日の晩ご飯何?」
百合子はバッグをソファの上に放ると母親の横に立ち、コトコトと湯気を立てるお鍋の蓋をそっと開けた。大切りのお肉と野菜が赤いスープの中で柔らかく煮込まれていた。
「美味しそ・・」立ち昇る甘い湯気の香りが百合子の食欲を刺激し、スプーンで一口すくうとそっと口に運んでみた。
「美味しい・・・香坂のおじさんも言ってた、護衛艦乗りに陸を忘れさせない秘訣は美味いご飯を作ることだって・・・お父さんもこの匂いに釣られて帰って来るんじゃない?」
その時リビングの電話が鳴った。
「噂をすれば・・きっと、お父さんからだよ、出たら・・・私はもう一口・・と」
「百合ちゃん、お行儀悪いわよ」
美佐子はそう言って娘を窘めると受話器に手を伸ばした。
「はい、小野田でございます」
美佐子はその電話に頷くようにしばらく話すと、受話器を手に呆然とした表情で百合子に振り返った。
「どうしたの?お母さん・・お父さん、何だって?」
「百合ちゃん・・あのね・・・高野先生から・・」
百合子は母親の表情からすべてを悟った。
「それで、先生何て・・?」
「再検査するから・・明日来て欲しいって・・・」
「そう・・・分かった・・・あっ、お母さん、私、ご飯いらないね」
「どうして?あなた、今、お腹空いたって・・」
「・・帰りに友達と食べてたの忘れてた・・・ばかだね私・・・」百合子はそう言うとバッグを手に取り階段を上っていった。
「百合ちゃん・・・」
家族の時が一瞬で3年前のあの日に戻った。

翌日、百合子は病院でマルクを受け、その日の内に担当医より再発の知らせが家族に伝えられた。そして百合子は再び入院した。

「星野さん・・また看護される側になっちゃった」百合子は検温に来た星野に精一杯微笑んだ。
「百合ちゃん・・・じゃあ、お熱計りましょうか」星野は遣る瀬無い気持ちを胸に仕舞いながら、笑顔で体温計を差し出した。
百合子はそれを力無く受け取ると、手の中で握り締めた。
「ばかみたい・・私・・頑張ったって、これじゃ意味ないよ」そう呟く百合子の瞳に大粒の涙が浮んだ。
「そんなこと無い、そんなこと無いよ・・百合ちゃんが頑張ったのみんな知ってるから・・APLは薬で完治が望めるんだし、百合ちゃんには骨髄移植の可能性だってまだあるんだから、だから、みんなにはまたちょっと遅れちゃうかもしれないけど・・頑張ろう、ねっ」
星野はそう言って優しく百合子の肩を抱いた。
星野が去った病室で百合子は一人泣いた。不安とか恐怖とかじゃない、ただ悔しくて泣いた。掴みかけた未来がまた奪い去られてしまうことが悔しくて仕方なかった。
そして一頻り泣いた後、百合子の中で再び負けず嫌いな性格が目を覚ましていた。
それからすぐに百合子に対してM3型の特効薬であるATRAの投薬が開始された。
しかし、一週間後に行なわれたマルクの結果、百合子の白血病細胞に対してATRAがまったく効いていないことが分かり、治療方針は即刻抗がん剤による寛解導入へと切り替えられた。
イダマイシン3日間+キロサイド24時間持続点滴一週間というプロトコールの苦しい治療が始まった翌日、洋一と美佐子は面談室の椅子に座り、百合子の容態について高野の説明を受けていた。

「APL・・M3型とも呼ばれる急性前骨髄球性白血病・・それがお嬢さんの白血病のタイプですが、以前よりお話している通りこのタイプの白血病には、活性化ビタミンAであるレチノイン酸の投与が効果的です。このレチノイン酸には、白血病細胞を殺すのではなく正常な白血球に分化する働きがあり、これを分化誘導療法といいますが、APLの約9割に対して完全寛解に導くことができ、3〜5年生存率も70〜80%と極めて優秀な治療成績が発表されています。百合子さんがこの3年間寛解状態を維持できたのもこの薬の効果によるものです。ところが今回増殖している白血病細胞はこのレチノイン酸に対して耐性を持っていて、この薬による治療効果がまったく望めない状況です」
担当医の高野は洋一と美佐子に淡々と百合子の病状を説明した。
「本来であれば、お嬢さんが入院された時の状態ならATRAのみで寛解に導けるはずでしたが、それが望めない以上、抗がん剤による寛解導入に治療の方針を切り替える他ありません」
「薬が効かないって、先生、それじゃあの子どうなるんです?」美佐子が問い詰めるように高野に迫った。
「いえ、効かないといっても、それは今まで治療で使ってきた薬がという意味ですから、まだ選択肢はあります。その中でどれが効果的かこれから見極めていかなければいけませんが、他の化学療法で今までと同様の効果が見込めるかどうかと言えば、その可能性は残念ながら低いと言わざろうえません。今後のことを考えれば、やはり骨髄移植がベストな選択だと思います」
「しかし先生、3年前の検査では私達のどちらもあの子に骨髄を提供することはできないと言われ、親戚にも検査を頼みましたが結果は同じでした。そしてその時点で骨髄バンクにも適合者はいないと・・」洋一はあの時の絶望感を思い出した。
「ええ、そうです。少なくともあの時点ではベストな選択ではありませんでした。もちろんご両親のいずれか、若しくは血縁者の方に適合する方がいらっしゃれば、そういう選択もあったとは思いますが、バンクへの照会でも完全な適合者は見つかりませんでしたし、ATRAによる治療が十分に効果を現してきていましたので、リスクを冒してまで移植を行なう必要はありませんでした。しかし・・今回は状況が違います」
「違う?・・違うって、いったいどう違うんですか?先生・・移植をしないとあの子は助からないっていうことですか?そうなんですか?先生」
美佐子が再び高野に迫った。
「やめなさい」洋一が取り乱す美佐子を制した。
「だって、あなた・・」
「それで、どうなんですか?あの子の・・・百合子の状態は」
洋一は動揺する気持ちを必死に押さえながら高野に訊ねた。
「先ほどお話したように、百合子さんの白血病細胞はATRAに対して耐性があり、この10日間で猛烈に増殖しています。今はまず寛解に入ることを第一に考え治療を行ないますが、もし入れたとしても再発しない保証はどこにもありません。そして、もし再発すれば、その時は今よりもっと厳しい状況になると思います」
高野は言葉を選びながらも百合子の見通しを隠さず二人に伝えた。
「時間が無い・・そういうことですか?」
「そう理解してもらったほうがいいかもしれません」
高野は平静な態度をくずさず答えた。

続く
...2006/04/09(Sun) 13:29 ID:cEYUCGkQ    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
お疲れ様です。

神様は時に残酷なことをするものですが、百合子については本当にそのことばしか浮かびませんでした。急展開に驚いております。
次回を読むのが少し怖い気もしますが、機体を持ってお待ちしております。
...2006/04/09(Sun) 23:30 ID:kAp9lbpg    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく

悔し涙 私は早百合のような悔し涙を流したことが
ありません、本当に悔しいと想います。

ただ心から願うのは、流した涙が彼女の人生にとっていつか必ず笑ってしゃべれるような そんな
むくわれる涙になってくれる事を祈ってます。
...2006/04/10(Mon) 02:45 ID:Pbj0YT0Y <URL>   

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
お疲れ様です。

下がってきているので、あげますね。
...2006/04/23(Sun) 19:38 ID:AlAkXc3g    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんばんは。お久しぶりです。
体調を維持するのに難しい気候が続いていますが、お元気でいらっしゃいますか?

近くて遠い場所。ナースステーションは、百合子さんにとって憧れの場所であり、現実の自分にはどうしようもない壁を感じる場所。悔し涙を流しながらでも、こんな想いに耐えて看護師になった人なら、この仕事が出来ることを心から誇りに思い、大切にしていくことが出来ると思います。星野さんの言葉はうそじゃないですね、きっと。
百合子さんには、負けず嫌いな自分をもっと呼び覚ましてもらいたいです。


それから、これは余談なんですけど、今『幸福の王子』という作品をレンタルしていて、ご存知だとは思いますが、これにはるかちゃんが出演されてるんですね。私、本放送中もこのドラマが気になってはいたんですが結局観られず、はるかちゃんが出演されてたと知ったのは『セカチュウ』の後です。
そんなこともあって、いつか観てみたいと思っていたドラマだったので今興味深く観てるんですが、この中ではるかちゃんが演じてる役が綾とダブるところがあります。と言っても、台詞は結構キツくて「うっせーんだよ!ババァ!」とか、母親に向かって平気で言ってるので(衝撃です・・)、そこらへんは全然似てないんですけどぉ〜(笑)、人のことに興味を持って、好奇心が旺盛なところとか、他でもないこの少女が心臓病を患っていて、ベッドの上で主人公の青年の話をあれこれ聞きだすところなんか、綾が朔太郎に興味を持って森下看護師から聞くところにイメージが重なり、しかも亜紀とは一味違うところなど面白いです。まだ一巻だけしか観ていないんですが、1話の終盤辺りは非常に素直な演技で好感が持てました。ナレーションは、正直今の方が全然上手です。
で、話しかけてる相手というのが、『白夜行』松浦の、渡部篤郎さんなんですね。5話でしたか「亮をカモる方法ないかな・・」って言って、松浦を誘う雪穂を思い出し、これまた、感慨に耽りました(笑)。渡部さんきっと、はるかちゃんのこと、成長したな〜って思いながらやってらっしゃったんでしょうね〜、とか・・・。
すいません、余談のはずがこんなに長くなり。脚本・遊川さんだし、主題歌もミスチルだし、作品世界も、こう・・何かと段階の流れを感じさせるような『幸福の王子』でした。きっとご存知ですよね〜、失礼しました。

では、お身体に気をつけて、執筆頑張って下さい。
...2006/05/01(Mon) 00:40 ID:6CKyfnHE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
ご無沙汰してます。

あげておきます。
再会を楽しみにしております。
...2006/05/13(Sat) 18:26 ID:Z8jCO6UI    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:セカチュー患者
初めまして。半月程前からこちらのサイトで治療させて頂いてる新参者です。
昨夜、clice様の作品を読み始めてから明け方になってることに気付かないほど、夢中になっていました。
私は妄想、不眠症になるほど重症な患者なんですが、こちらの作品を読んで、その症状がかなり緩和さたれような気がします。
なんといっても、亜紀と朔を中心に、家族、友人の
心理描写がこと細かく描かれており、素直に
作品の世界にに入っていけました。
ああ、救われた!って感じです(笑)
すばらしい文才をお持ちですね!
心から尊敬致します

お仕事もあって、大変だと思いますが、
週刊小説のように次回を心待ちにしております。
最近気候が不安定ですから、どうぞお体にはお気をつけて。風邪をひいたらすぐ生姜湯を飲んで下さいね。 
...2006/05/14(Sun) 01:18 ID:f5l6y5nI    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
上げておきます。
次回を楽しみにしております。
...2006/05/19(Fri) 23:45 ID:Geplekg2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
君が代のラッパの音色が響き、停泊中の各艦の艦旗が一斉に降ろされると、夕闇が静かに港を覆い始めた。
洋一は艦橋のウイングの手すりにもたれると辺りの様子を眺めた。
波は穏やかで先ほどまで降っていた雨も上がり、低く垂れ込めた雲が港内を次第に薄暗く染めていた。
その中を1隻のランチが長浦港と本港とをつなぐ水路に向かって、小さな引き波を残しながら走って行くのが見えた。
水路の向こう側、横須賀の港に肩を寄せ合うように並ぶ護衛艦隊の壮観な姿・・吉倉桟橋からの風景が、今はどこか遠い昔のことのように思えた。
肩越しに振り返ると、この艦の守り神であるCIWSのレドームが、雨に濡れ、夕闇の中でその白さを一際鮮やかに浮び上がらせていた。
諸外国の趨勢から、第一世代のヘリ搭載型汎用護衛艦として現在の護衛艦隊の礎を築いたこの艦も、その艦齢は就役から20年を優に超え、舞鶴の第3護衛隊群に残る『はまゆき』と練習艦に種別変更された『しまゆき』を除いて、今はそのすべてが地方隊の所属となっていた。
しかし、第一線から退いたとはいえ、その能力は聊かも衰える事は無く、丹念に磨き上げられた装備品の数々は古さなど微塵も感じさせてはいなかった。
洋一はがっしりとした台座の上の方位環にそっと手を触れた。
ひんやりとした感触が、初めての訓練航海に心躍らせた日のことを思い出させた。
一度は去る決心をしたこの場所に、洋一は再び立っていた。
「お父さん、やっぱりここが好きだよ、百合子・・・」

「お父さん・・艦降りるってほんとなの?」
「百合子・・お前、どうしてそれを・・・」
洋一は娘の突然の問い詰めに言葉を無くした。

抗がん剤に切り替えられた寛解導入療法によって、百合子は無事1回の治療で寛解状態に入り、次の地固め療法へと進んだ。
百合子の治療方針は、骨髄移植を目標に準備が進められていたが、今だ完全な適合者は見つかっておらず、猛烈な勢いで増殖していた白血病細胞を、いつまで押さえ込めるかも予断は許さなかった。しかも骨髄移植手術は、患者が寛解状態で行なわなければその成功率は著しく低下し、できるだけ早い段階での移植が望ましかった。
また、ドナーから移植される骨髄の型を表す座と呼ばれる抗原の組合せは、それが一つ異なるごとに移植とその後の経過を困難なものにしていき、最悪、非寛解状態で不完全な適合の骨髄を移植することになれば、その成功は覚束なかった。
医師も家族も百合子本人も一つの決断を迫られていた。
そして突き付けられた現実が、洋一のこの3年間の迷いを一つの決心に変えていた。

「お父さん・・どうして?・・私が再発したから?・・いつ死んじゃうかもしれないから?・・そうなの?お父さん・・」
「百合子・・それは・・・」
「分かるよ、お父さんが何考えてるかくらい・・何年娘やってると思ってるのよ」
「お父さん今まで、お前のことお母さんにまかせっきりで、大事な時にいつも側に居てやれなかっただろ」
「仕方ないじゃない・・それがお父さんの仕事なんだもの・・」
「仕方ないか・・・小さい頃からそうやって我慢ばかりさせてきたんだよな・・・でもな、お父さんだってお前の頑張ってる姿をちゃんと見てやりたいって思ってたんだ・・・だけどお父さん、お前に甘えてた・・だから、同じ事は繰り返したくないんだよ」
「そんなの子供の頃の話でしょう・・気持ちは嬉しいけど、私の病気のことが原因でお父さんが仕事辞めるなんて・・」
「お前の所為なんかじゃないよ、お父さんがそうしたいって思ったからだ、それに辞めるなんて一言も言ってないぞ・・陸上勤務も立派な海上自衛官の仕事だよ」
「お父さん、それでいいの?・・艦を降りるなんて、お父さんにとったら辞めるようなものじゃないの?」
「そんなことはないよ」
「あるよ・・・それはいつだって約束守ってもらえなかったり、寂しいって思ったことはいっぱいあるけど、でも嫌いだって思ったことは一度も無いよ・・・ずっと私の自慢だったんだよ、艦に乗ってるお父さん」
「百合子・・・でも、またいつ何時命令が下るかもしれないんだぞ・・・あれだけ頑張ったお前の高校の卒業式だって、結局出てやれなかったじゃないか・・お父さんその時、日本から1万キロも離れた海の上にいたんだよ・・何かあったって、帰りたくても帰ってこれないんだよ」

平成15年2月3日、護衛艦『いかづち』は家族の見送る中、静かに横須賀港の岸壁を離れた。「テロ対策特別措置法」に基づく後方支援の為、呉から出航する輸送艦『しもきた』と合流し、遥かインド洋を目指した。
良く晴れたその日、相模湾沖を南下する艦上から富士山の姿がはっきりと望めた。
洋一や乗員達の誰もが皆、残す家族や恋人に思いを馳せながら、その情景をしっかりと心に焼き付けた。
そして、百合子もまた、遠く水平線の彼方にいるだろう父親を、校舎の窓からそっと見送っていた。

「私、死なないよ・・絶対死んだりしない・・だから、艦を降りるなんて考えないでよ、お父さん・・夢が叶う人ってそんなに沢山いないんだよ、艦橋から見渡せる水平線が大好きなんでしょ、私にそう言ったじゃない」
「百合子・・」
「私、受けるよ、移植手術・・生き残る確率が高いほうを選ぶ・・後遺症で苦しんでも、生きてさえいればきっと何かできるもの・・自分の夢、絶対見つけられるから・・・だから、お父さんも諦めたりしないでよ、お願いだから・・」
百合子は力の入らない手で洋一の胸を何回何回も叩いた。
洋一はそんな娘の肩をそっと引き寄せた。
自分の胸で泣きじゃくる娘の温もりとその決意が、洋一の心の迷いをいつしか吹き飛ばしていた。

「はい、あなた」
待合所のソファーにもたれた洋一に、美佐子は両手に持った紙コップの片方を差し出した。
「ああ、ありがとう」
洋一は身体を起こしながら受け取ると、その手にした飲み物を見つめた。
「一応押したのよ、ちゃんと・・」美佐子はそう言って苦笑いをすると洋一の隣に腰掛けた。
「・・いいさ」洋一はそう言って、コーヒーというにはあまりにも白いその液体を一口すすると小さく溜息をついた。
「百合ちゃんは?」
「疲れたんだろ、今し方眠ったよ」
「そう」美佐子はそう言うと自分のカップを口に運んだ。
「そう・・って、それだけかい?」
「そう?他に何かあるの?」
「いや・・・君は強いな」
「どうしたの?急に・・」
「さっき、百合子に泣かれたよ・・艦降りるのかって」
「百合ちゃんがあなたに?・・私は何も話してないわよ」
「分かってるよ、香坂のやつだ、あいつ・・あんな若い娘に鎌掛けられやがって・・あれで良く幹部が務まるもんだよ」
「百合ちゃん、あの子、とても勘がいいから・・・香坂さんね、お見舞いにいらして、あなたのこともとても心配してらしたわ」
「ああ、分かってる・・・父親はだめだな、俺は特にだめだ・・あの子の気持ちなんてこれっぽっちも分かってないんだからな」
「私は、あなたが艦を降りてもかまわないわよ、いつかはそんな日が来るんだもの・・でもあの子は違うわ、口には出さないけど、あなたのこととても誇りに思ってるの、憧れなのよ、百合ちゃんにとってあなたは・・今だってほら、ずっとあなたとの写真を枕もとに置いてるでしょ・・女はあの制服に騙されるのよね」
美佐子は洋一をちらりと横目で見ると、またコーヒーを口に運んだ。
「ねえ、憶えてる?私達が出会った頃のこと」
「藪から棒に何だよ」
「初めて二人きりになった時、あなたは航海から帰ったばかりで、その時に見てきた海や空や雲の話をしてくれたわ、それもまるで堰を切ったように捲し立てて、こっちが退屈する暇なんかまるで与えないの・・・あれが護衛艦乗りのナンパのテクニックだって、結婚してから知ったわ」
「昔の話だろ・・」
「ハワイ沖で出遭った鯨の親子のこととか、艦に遊びに来た鳥の話、それから・・・」
そう言いかけると、美佐子は何かを思い出したようにくすっと笑った。
「夜光虫入りのトイレ・・・流すときれいだって、あなた・・」
「ああ・・ジャーっと流すとな」洋一も思わず笑った。
「この人、護衛艦に乗って一体何してるんだろうって思ったわ・・でも、厳しい訓練をしててもそんなことを感じられる世界って素敵だって思った。そして、それはあの子も一緒よ・・・あなたのそんな話を、まるで御伽噺を聞くように目をキラキラさせて嬉しそうに聞いてたもの・・・あの灰色の護衛艦と、真っ白い制服を着たあなたは、あの子にとってもきっと特別の存在なのよ」
「百合子が移植を受けることにしたって」
「百合ちゃんがそう言ったの?」
「ああ、さっきな」
「そう・・自分の身体の事は、あの子が一番良く知ってるわ・・きっと治るわよ、あの子が決めた事だもの」
「そうだな・・移植は他の病院でやることになるんだろ」
「ええ、今、高野先生がいくつかの病院に受け入れの打診をして下さってるわ」
「美佐子」
「なあに、あなた」
「なんでこんなことになったのかな」
「そうね、なんでかしらね」

そして4月の下旬、ドナーになる人との調整を進めながら、百合子は移植手術を行なう為東京の病院に転院した。
「小野田さん、僕が君を担当することになった不破です、よろしくね」
「よろしくお願いします」百合子は若いが真面目そうな印象のその医師に、少しはにかみながら挨拶をした。
「ここは田村先生をはじめとして優秀なスタッフばかりです。君の場合、一座不一致での移植になるけど、君が頑張れるよう全力でサポートするから安心して・・一緒に頑張ろう」
「はい」
「じゃあ、この後担当の看護師から入院についての詳しい説明がありますので・・」
不破はそう話すと病室を後にし、美佐子も入院の手続きの為に出ていった。

「ねえ、お父さん」
「うん、何だ?」
「どう?新しい職場は・・」
「いい艦だよ」
「そう、良かった・・また乗ってみたいな、お父さんの艦・・タイタニックみたいに舳先で風を受けるの、ビューンって・・そして振り返ると、艦橋の窓の真中にお父さんの姿が見えて、手を振るの・・お父さんって」百合子は病室のガラスに手をついて、その向こう側のガラス窓に映る風景を眺めた。
「まさか、男も一緒じゃないだろうな」
「どうしようかな」百合子は悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「まあ、それも仕方ないか・・乗れるさ、元気になったらいつでも・・一般の人へ護衛艦のことを知ってもらうのも、お父さん達の仕事だ」
「そうなんだ」
「ああ」
「頑張ってね」
「お前もな」

「頑張ってか・・」洋一は手にした識別帽の金糸の刺繍をじっと見つめた。
「また、娘さんのことを考えていたのかね?」
「艦長・・」洋一は慌てて帽子を被り直し敬礼をした。
「波も静かそうだね・・台風は今四国だそうだが、こっちへの影響はあまり心配しなくても良さそうだね、小野田君」その眼鏡の下の穏やかだが鋭い眼差しが、叩き上げの指揮官として幾多の困難を乗り越えてきた本物の艦乗りであることを感じさせ、洋一はこの数ヶ月でその信頼が更に深まるのを感じていた。
「そうですね、このまま日本海沿いを北上して、明日には三陸沖に抜けるんじゃないでしょうか・・舞鶴の連中は今頃大変だと思いますが」
「本当だね・・・ところで、娘さんの容態はその後どうだね?」
「なかなかすぐに良くなるという訳にはいかないようです」
「そうだろうね」
「すみません、艦長にまでご心配をお掛けして・・」
「なんのなんの、この艦のみんなは家族みたいなものだよ・・それはそうと、厨房の連中が今日の晩飯は期待してくれてもいいって言ってたよ」
「そうですか、それは楽しみですね」
「飯の上手い艦は強い、これだけは装備がいくら進化しても変わらない真理だな」
「そうですね」
洋一はそう言ってにこにこと艦内へ戻っていく指揮官にそっと頭を下げた。

「百合子さん、今日の晩ご飯は当たりですね」綾は美味しそうに煮物を頬張ると、百合子に話しかけた。
先ほどまでの落ち込んだ気分はいつのまにか晴れていた。
「綾ちゃんはいいわね、食べると幸せになれて」
百合子はそんな綾の様子にほっとすると、手を休め窓の外に目をやった。
また少し降り出した雨が、暗い窓ガラスを微かに濡らしていた。

続く
...2006/05/28(Sun) 15:51 ID:QkBAe3hQ    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 cliceさん、こんにちわ。待ちに待った続編、ありがとうござました。

 cliceさんの物語を読んでいると、とても、優しい気持ちになっている自分がいるような気がします。それは、登場人物がとても誠実かつ、心やさしい人たちであるのと同時に、風景描写もやさしさに満ちていて、読んでいて自分自身の心が穏やかになっています。


 百合子は、洋一の凛とした背中を見ながら育ったんでしょうね。そして、その背中が百合子の自慢でもあったのでしょう。とてもあこがれる父と娘の関係です。

 そんな洋一が多分、立ち会えないだろう百合子の骨髄移植手術でしょうが、ぜひ成功して欲しいです。そして、百合子自身が、「今度こそ」という決意をもって、手術に臨むのだと思います。


 またこの続きを、楽しみにしております。
...2006/05/28(Sun) 17:19 ID:1XSg.6IM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく

clice様

続編読ませていただきました。
私もふうたろう様同様に優しい穏やかな
気持ちになってきます。
きっと作者様の人柄のお陰なんでしょうね。

お忙しいとは思いますが続編を楽しみにしています。

OSTの8曲目「始まり」 まことに勝手ですが
今回のお話のメインテーマソングにして
読ませていただきました。
...2006/05/29(Mon) 03:19 ID:r71SCbb6 <URL>   

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんにちは。新緑の季節にもかかわらず、全国的に雨・雨・雨・・・で、何だかドンヨリした5月でしたね。お元気でしょうか?


どこもかしこも、目に浮かぶよう。
これはずっと思っていることなのですが、clice様の物語は、描写がいつも美しい。美しいです。それは、お書きになる表現(言葉)がきれいというだけでなく、全体の流れについて、いつもカメラが回っているような滑らかさがあると、私は思うんですね。
書かれている順番に映像に納めたら、それだけで作品になるような。だから、いつも「目に浮かぶよう」と感じるのかも・・って思います。

そっと頭を下げる洋一さんと、余韻を残しながら去って行く艦長の後姿。その後、おいしそうに夕飯を食べる綾に、それを微笑ましく見ている百合子。次の瞬間、窓の外を見て百合子さんが、父に想いを馳せただろうこと・・。全て、「微かに」降る雨に集約されるような気もいたします。変な言い方ですが、素晴らしい雨だと思いました。


本格的な梅雨の季節はまだこれからですよね。6月以降、ジメジメも本格的になるのは必至なので、どうぞ体調に気をつけて、執筆頑張って下さい。
...2006/05/30(Tue) 21:14 ID:5P1QEJ1Y    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
ご無沙汰しています。cliceです。
なんとか続きが送れて、またこうやって皆様にご挨拶できて少しほっとしています。
百合子を登場させた時から、彼女の背景はどうしても書いておきたい話でした。
それは百合子の存在が、自分が一体何を感じ、何を伝えたいと思い書いているのか、それを問い掛ける為の道標でもあったからです。
青春を謳歌していた少女の発病から現在までの数年間の軌跡・・・。
百合子は自分にとってのもう一人の亜紀でした。
心残りは・・・なんでここまで1年半近くもかかるかな・・という自分自身の不甲斐なさなんですけど・・。
でも、いろんな方に読んで頂いて、その感想を頂けるなんてとても嬉しいことです。
本当にありがとうございます。
ところで、最近読んで頂いた方もいらっしゃって、オリジナルキャスト以外にも登場人物の多いこの話、皆様にはどんな役者さんのイメージでお読み頂けているのでしょうか?
書き始めの頃、一度そんな話題も出たのですが、もう物語りも終盤になり、そろそろお尋ねしてもいいのかなと思いました。
ちなみに、百合子の親友の田中夏実は・・・実は相武紗季ちゃんだったりします。
...2006/06/01(Thu) 23:55 ID:WQ31eEa2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
チュンチュンという小鳥のざわめきが朝の訪れを告げていた。
朔太郎は枕に顔を押し付け、布団を頭から深く被った。
そしてゆっくり目を開けると、窓の方に目をやった。
半開きのカーテンから漏れる光が、部屋の壁に白い模様を描き出していた。

頭を掻きながら冷蔵庫の扉を開けると、ペットボトルの水を取り出しグラスに注いだ。そして大きなあくびをすると、そのままごくごくと飲み干し、寝ぼけ眼のまま部屋の中を見回した。
磨かれたフローリングの室内は柔らかな光に満ちて、テーブルにはリモコンと読みかけの雑誌、ベージュ色のソファーの上には色違いのクッションが並べて置かれ、壁に掛かったいくつもの写真と、窓際の背の高い鉢植えの緑の葉が、センスの良いインテリアを形作っていた。
窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が身体を包んだ。
そして、吹き抜けた風がカーテンをふんわりと揺らすと、そこに彼女の笑顔があった。

「おはよう、今起きたんだ」
「うん」
「顔洗った?」
「まだ」
「じゃあ、早く洗って・・今、ご飯の用意するね」

「いただきます」
「今朝も走ったの?」
「日課だもん・・朔ちゃんも走れば?」
「いいよ、俺は」
「良くなーい・・健康管理も大事なお仕事でしょ、医者は体力勝負なんだから、普段から鍛えておかないと」
「そうだけどさー」
「もう、そんなこと言ってるとお腹出ちゃうよ・・そんな朔ちゃんとは一緒に歩きたくないな」
「この浅漬け、美味しいね・・うん、美味しい」
「もう、すぐそうやってごまかす・・・まあ、いっか・・・それね、お母さん直伝なの、美味しいでしょ」

「昨日も遅かったね」
「うん、ちょっと最近、仕事溜まっててさ」
「そうなんだ・・ねえ、今日は?」
「今日は・・休み・・だよな・・」
「ほんと?」
「たぶん・・ほんと」
「じゃあ、どっか行こうか?」
「どっかって?」
「うーん・・海、海行こう、朔ちゃん」

「いやっほー」
トンネルを抜けると、二人の目の前に青い海が広がっていた。
波間にいくつも漂うカラフルなセイルの向こうには、真直ぐな水平線が空と海をくっきりと分け、砂浜で遊ぶ人達の上を、トンビ達が大きな翼を広げて悠然と舞っていた。
小さな波がキラキラと輝き、心地よい海風が、駆け抜ける二人の髪を揺らした。
朔太郎は背中に愛しい温もりを感じながら、軽やかにペダルを漕いだ。
「気持ちいい・・・来て良かったね」
「うん、なんか久しぶりだ」
国道沿いのおしゃれなカフェテラスを横目に、二人の乗る自転車はぐんぐんとスピードを上げた。岬のカーブを曲がると正面に見なれた島影が現れた。
「そこの二人乗りの自転車、危ないから降りなさい」
振り向くと、赤色灯を灯したパトカーが、ゆっくりと二人の横を通り抜けた。
朔太郎は慌ててブレーキをかけ、二人はその場に立ち止まった。
「怒られちゃったね、どうしようか?」
「まいったな・・そうだ、砂浜、下りてみる?」
「うん」

打ち寄せる波がすーっと引くと、黒い砂浜は小さな色鮮やかな貝殻で埋め尽くされているのが分かった。
彼女は波打ち際を歩きながら、時折しゃがみ込んでは、目に付いた可愛らしい貝殻を手に取った。
大きな波が寄せて来ると、立ち上がってさっと避け、引くとすぐにまた波打ち際を歩き始めた。
そして、気に入った貝殻を見つけると、子供のような笑顔を見せて振り返った。
幸せっていうのは、きっとこういうことなんだろうと朔太郎は思った。

向こう側から大きな犬を散歩させる夫婦連れの男女が歩いてきた。
その犬は波と戯れながら、二人の横を付かず外れず歩いていた。
彼女はその二人に駆け寄ると、何か話しかけ、しゃがみこんでその犬の頭を撫でた。
犬も尻尾をぶんぶんと振りながら彼女の顔をぺろぺろと舐めた。
そして一人と一匹は、戯れるように波打ち際へのダッシュを繰り返した。
朔太郎は立ち止まり、遠くからその様子を眺めた。
彼女の笑顔が輝いていた。
そして水平線の方に目を移すと、光る波が眩しく朔太郎の目に飛び込んできた。

カーテンの隙間から漏れた光が、朔太郎の瞼を明るく照らした。
朔太郎は枕に顔を押し付け、布団を頭から深く被った。
今し方までの世界を必死に意識に呼び戻そうとするが、波打ち際に作った砂の城のように、記憶の断片は現実の世界を意識するたびに、さっと流れて消えていった。
ただ、幸せな時間があったという記憶だけが残っていた。
そして、そのことだけは忘れないようにと必死に願う時・・・いつも涙が流れた。
ゆっくり目を開けると、窓の方に目をやった。
半開きのカーテンから漏れる光が、部屋の壁に白い模様を描き出していた。
朔太郎は枕に顔を埋めたまま、ちょうど一人分空いた自分の横を見つめた。
さっきまでいた彼女の抜け殻がそこにあった。
その声も、その笑顔も、温もりさえも感じていたのに、今そこに手を伸ばしても、感じるのはただ冷たさだけだった。

冷蔵庫を開け、ペットボトルに残った水をグラスに注いだ。
半分ほどしか入っていないグラスを一気に飲み干すと、朔太郎はカーテンをさっと引いた。
薄暗かった部屋が明るく照らされると、テーブルの上には読みかけの論文と空になった缶ビールがそのままになっていた。
冷たい朝の空気を吸い込みながら、朔太郎はもう一度瞳を閉じた。
そして記憶の中に彼女を探した。
波打ち際で振り返った彼女の笑顔に、一瞬だけ逢えた気がした。

続く
...2006/06/03(Sat) 18:41 ID:zLE5CIgM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
お久しぶりです。
終盤を迎えても丁寧な描写がされていて、映像が目の前に浮かんでくるようです。
だいぶ前のストーリーになりますが、百合子と拓也少年とのふれ合いと別れの話は百合子の揺れる気持ちがよく伝わってきました。
最新作は幻想的でしたね。緒形朔太郎の『朝起きると泣いている・・・』のつぶやきの出どころはなるほど、これか・・・と思いましたよ。
余談ですが、最新作は『瞳を閉じて(唄:平井堅さん)』のイメージ画像のように感じました。歌詞を思わせる言葉があちこちに散りばめられてましたもので・・・(^^)
...2006/06/03(Sat) 23:26 ID:t0.gcWHI    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんばんは。
これは・・、朔太郎の17年ですね。
彼は、このような朝を繰り返し、繰り返し、17年経ってしまった。

彼は、自分が救われたいとは思っていなかった。
ただ、彼女と目覚める毎朝の時間こそが永遠のもの。
涙を流しながらでも、決して忘れたくはなかった記憶。
いえ・・、本当はいつまでも涙を流し続けていたかったのだと、
今の彼なら、気付いているでしょうか・・。

終盤に来てこの描写は、朔太郎の原点を見たような気がします。
次回がとても楽しみです。


ところで、この前clice様が書いていらしたキャストの件ですが、
私の頭の中では、今のところ!以下の通りです。(敬称略)


松本朔太郎 ― 緒形直人

広沢 綾、廣瀬亜紀 ― 綾瀬はるか

小林 明希 ― 桜井幸子
小林 一樹 ― 仲條友彪

田村 俊介 ― 江口洋介
不破 真一 ― 石黒 賢
森下 瑞希  ― 木村多江
浦田看護師 ― 優  香

遠藤 美幸 ― 蒼井 優
田中 夏実 ― 相武紗希
高岡 健一 ― 葛山慎吾
皆川 拓也 ― 須賀健太

「いかづち」艦長 ― 夏八木勲

中川 顕良 ― 津田寛治
中川 恵美 ― 吉本美代子
大林 智世 ― 永作博美
池田 久美 ― 大塚寧々

廣瀬 真 ― 三浦友和
廣瀬 綾子 ― 手塚理美

松本 潤一郎 ― 高橋克己
松本 富子 ― 大島さとこ

小野田洋一 ― 村上弘明
小野田美佐子 ― 紺野美沙子
小野田百合子 ― 小西真奈美

広沢 正信 ― 永島敏行
広沢 和子 ― 高島礼子

松本 朔太郎(少年)、夢の中の少年 ― 山田孝之


以上でございます。
もう、物凄いオールスターキャストです(笑)!

(田村センセの奥さんとか、広沢家の商店街のおばちゃんとか、移植チームの先生など、抜けてるところは多々あります。すみません。)

智世と久美が、めっちゃ難しかったです。どーなんだろ???って思うところもあるかと思いますが、最終決定権を持っていらっしゃるのはもちろんclice様ですので、これはまず参考!ってことにしといて下さい・・(笑)。
一つ分かったのは、こうして物語を書いて下さるのと読むのと同時進行してるのって、登場人物のイメージを固定してもらうと、読みやすくなる、ってことでした。最初の頃、和子さんについて、「高島礼子さんかな」って仰ってたでしょ。あれで、「ああ、そうか。高島さんで読んで行けばいいんだな。」って、イメージ湧き易くなりました。
一人一人について言えば、ああでもないこうでもない、あの人は・・?とか、色々楽しませてもらいました。(裏話は沢山あります。)
あくまでも、「私の頭の中」ですので、どうぞ皆様のご意見も伺えればと思いますが。
では、失礼します。
...2006/06/04(Sun) 01:03 ID:fkp2F60g    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO


不二子さん
キャストについてよくお考えになりましたね。
これだけ豪華なメンバーが並ぶとまるで映画のエンドロールみたいですね。

私が思いついたキャストも参考までにお知らせします。(不二子さんと重複している、または思いつかなかった方は省略しています)

森下 瑞希 ― 西田尚美
(『白い巨塔』に看護師役ででてましたので)

遠藤 美幸 ― 本仮屋ユイカ
(どなたか(お名前失念)智世と富子が混じったキャラだとのコメントをされてましたので)

高岡 健一 ― 上川隆也
(彼なら明希を口説いても許せるかと思いまして)

大林 智世 ― 酒井法子
(本当だったら松下由樹さんにしたいのですが、谷田部先生との共演場面がありますからね・・・朝ドラでユイカさんのお母さん役だった彼女にお願いしましょう⇒苦し紛れですね・・・)

池田 久美 ― 柴咲コウ
(ちょっとキツメの表情が合っているかなと思いまして。映画版に出演しているし、ドラマ主題歌も歌ってる人なので、出てもらいたいですね♪)

中川 顕良 ― 柄本明
(単純に柄本佑クンのお父さんだから・・・)


 
...2006/06/04(Sun) 13:21 ID:UAAx0kOw    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
こんにちは、cliceです。

SATO様
こちらこそご無沙汰していまいた。
今回の話、仰る通りです。書く間、頭の中でずっと流れていました。
どこかで必ず書くつもりにしていました。そして、この話では今がそのタイミングなのかなと思います。
不二子様が仰られるように、これが朔太郎の17年です。
あの歌はドラマの方にこそ相応しいように思います。いや、もしかすると、あの歌からドラマの朔太郎が生まれたのかもしれません。
夢から覚める時のあの何とも言えない感覚・・その夢が幸せであればあるほど、目覚めた時に切なさが募ります。それは、きっとどんな方にも経験があると思います。
朔太郎の夢もその時々で形を変えてきたのでしょう。
今見ている夢が、朔太郎の望むものなのかもしれません。

不二子様
キャスト表ありがとうございます。
いや、ほんと、凄いオールスターキャストですね。
現実にはとてもとても不可能ですね、予算的にもスケジュール的にも・・。
それに、海上自衛隊、JR東日本、JR四国、日本航空、長野電鉄、江ノ島電鉄、松山空港、松山城、鎌倉高校他、各病院、学校・・・綾の町まで含めてご協力頂かなければいけないところの多いこと多いこと・・(笑)。
私もこのことについて書き出したら切りがなさそうなので、今日のところは最小限のお答えで・・。

森下瑞希が木村多江さん・・・大正解。
書き出しは正に彼女のイメージです。
あの方以上に白衣の似合う女性は、私の中でイメージできませんでした。
だから、話し方や動きなど、常に彼女をイメージしながら書いていました。
最初の頃、お話しようかなと思いましたけど、彼女をイメージしてもらえるんじゃないかと信じていました。
でも、実はあと2人候補がいて、そのどちらでも自分としてはしっくりくるかなと思っています。そのお2人は石田ゆり子さんと中山忍さん・・・どうですか?不二子様。
拓也が須賀健太君もど真中のストライクですね。
ぶかぶかの識別帽を被った時の、嬉しそうな表情が見えるようです。
ボウズは私も津田寛治さんですね、明希を駅に送り届けた時の、照れたような表情は映画の時の彼のイメージそのままで書いてました。
そうくるか・・というのが遠藤美幸の蒼井優ちゃん。うん、それもありですね。
あと、もっとすごいキャストになりますが、智世は松たか子さんがやっぱり似合ってるかなと・・(年齢のことがあったので、そのキャラから以前櫻井淳子さんかなと答えていましたが・・ダブル桜井(櫻井)だし・・)。

それと洋一さんの今(2004年9月現在)の職場の件なんですけど、ここははっきりと書けませんでしたので混乱されたと思いますが、あえて特定は控えました。
「いかづち・DD107」ではなく、横須賀地方隊、第21護衛隊所属の「はつゆき・DD122」「しらゆき・DD123」「さわゆき・DD125」のどれかです。
洋一は横須賀の第1護衛隊群に「はるさめ・DD102」が配備された時に乗り組み、その後、2001年に同型の新造艦である「いかづち・DD107」が配備された際に、その実績を買われて乗り組むこととなり現在に至っていました。
そして、2003年2月、インド洋への派遣も経験する訳なんですが、父親として悩み、地上勤務への転属を考えました・・が、その実績や経験を認める上司の計らいにより、2004年4月、活動範囲が沿岸海域に限定される、地方隊所属の護衛艦への転属となったという設定です。
地方隊のこの3艦は、通常は横須賀本港(護衛艦隊や米海軍第7艦隊の母港)ではなく水路を隔てた隣の長浦港船越地区(司令部機能が集中している地区)を係留場所としています。よってあのような風景になるという訳なんですが・・。
「亡国のイージス」などで最近は護衛艦勤務の方達のことも、以前よりずっと身近に感じられるようになってきたのかなと思います。
...2006/06/04(Sun) 15:23 ID:GnWQhu8A    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様、SATO様

こんにちは。
丁寧なコメントありがとうございます。

森下瑞希が、西田尚美さん、石田ゆり子さんっていうのは考えたことあります。他にも、木村佳乃さん、和久井映見さんがギリギリまで残ってました。特に、木村佳乃さんは、書き込みを出す直前まで、木村多江さんとど〜しよう・・って結局多江さんに落ち着きました。
それは、田村先生についても同じことが言えて、田村・森下コンビは、私の中では1セット!みたいなところがあって・・、田村先生について実は相当色んな人が候補に上がっていました。
今30代後半〜40代半ばぐらいの俳優さんって、とても充実していて、江口洋介さん、石黒賢さん、唐沢寿明さん、堤真一さん、阿部寛さん、織田裕二さん、渡部篤郎さん、大沢たかおさん、上川隆也さんぐらいまで皆さん行ける(他にも多数)と思うんですけど、中でも堤真一さんは最後の最後まで残ってました。で、堤さんが田村センセだと、多分森下さんを「木村佳乃」って書いてたと思います。でも、やっぱり文面の端々が、江口さんの方がしっくりくるというか、それは多分clice様が江口さんを意識して書いておられたからだと思うんですね。で、江口さんにお願いしました。(何を?!^^)
木村多江さんは、今とても輝いていますよね。何やっても、見てる人に満足感を与えてくれる素晴らしい女優さんです。清潔感溢れていて、白がとっても似合う、っていうのが決め手ですね。色々ありましたけど、やっぱり一番最初に思ったのは、多江さんでしたから。
そんなわけで田村・森下は、江口洋介・木村多江コンビで、落ち着いた大人の雰囲気に収まりました。

以上が二人分の裏話なんですが、これ全員書くとホントきり無いんですよね(笑)。書けるところが怖いんですけど・・。病棟のナース仲間ってことで、皆さんに出てもらうっていうのは如何ですか(スゴイ病院・・・笑)。

あと、遠藤美幸ちゃんですが、私も最初ユイカさんでした。でもよく考えたら、ユイカさんにすると、
「き、き・・、君までなんて智世にそっくりなんだ!!」
ってことになるので、これではイカンと、蒼井優ちゃんにしました。

健一さんに上川隆也さんっていうのは、物凄くいいと思います。ホントに口説いて結婚してしまいそうです(笑)。

智世と久美はやっぱり難しいですね。
私は、あんまり分からなくなってしまったんで、永作さんは『青い鳥』から、大塚さんは『Dr.コトー』から来てもらいました。松たかこさんっていうのは、雰囲気あってると思います。
顕良=柄本明さんは、顕良50代の時が最高にいいと思います(笑)。

配役考えるのって楽しいですね。
あと、洋一さんの歴史について全部組み立てていらっしゃるのは唸るばかりです。海上自衛隊について、本当にお詳しいんですね。そのほかのことについても言えることですが、取材をしっかりなさっているということですね。
「物語は終盤」ってことで、clice様の中にはもう最後の瞬間が見えていらっしゃるのでしょうか?どうぞ、お身体に気をつけて頑張って下さい。
では、失礼致します。
...2006/06/05(Mon) 11:13 ID:vmgYYAhk    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
お疲れ様です。

下がってきたので上げておきます。
...2006/06/13(Tue) 18:24 ID:Ld4vJI0U    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「んー・・」正信は表に出ると思いっきり背伸びをした。
朝の爽やかな空気が心地よく、見上げる空の青さが、正信をいつにも増して晴れやかな気分にさせた。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、車には気をつけてね」
「分かってるよ」玄関で見送る和子にそう言うと、正信はいつものように走り出した。
土曜日ということもあって、駅に向かう人影も少なく、商店街の通りは朝の静けさに包まれていた。
「おはようございます」
散歩するご近所の顔馴染にそう声をかけると、銀色に輝く商店街の門を抜けて表通りへ走り出た。

綾の入院から今日でちょうど3ヶ月が過ぎ、すれ違う人達の服装も次第に秋の装いを見せ始めていた。
そして昨日、綾が一般病棟に移った。
信号待ちをする正信の顔から自然と笑みがこぼれた。
街路樹が薄っすらと色づき始めた通りを曲がり、綾の通った中学校の前を通り抜けると、区役所通りの道を正信は軽やかに走っていった。
時間は人々の暮らし中で緩やかに流れてゆき、正信の一番長かった季節が今終わろうとしていた。

目黒通りを越えて、公園の緑の横を走り抜けると、目黒不動尊の鬱蒼と生い茂る木立が目に飛び込んでくる。そのひんやりとした静寂の中で聞こえる小鳥の囀りに耳を傾けながら、正信はその脇の坂道を駆け上がった。
東京は人々が思う以上に緑が多い、そして坂の街だ。
路地の至る所に名も無き坂道があり、街の風景に静かに溶け込んでいる。
蔦の絡まる古い石壁、細い石畳の階段、モダンな住宅街の片隅でひっそりと佇む小さな祠や、塀の両側から迫り出す木立をすり抜けた木漏れ日が描き出す光のトンネルなど、その時々で色を変え、歴史と人々の暮らしに彩られた坂のある風景が正信は好きだった。
綾にも見せてやりたいと思った。
ランニングに連れ出したのは、そんな何気ない出会いが、父親として娘に伝えてあげられる大切な事のように思えたからだった。
そして、綾もそんな坂道の風景が大好きになった。

「はあ・・はあ・・はあ・・お父さん・・また私の勝ちだね・・はあ・・」
綾は両膝に手をついて息を切らしながら、少し遅れて坂上に辿り着いた父親を見上げた。
「くそっ・・はあ・・はあ・・」
正信も前屈みで大きく息を切らした。

目黒通りと山手通りがちょうど交差する場所に、大同元年(806)に創建されたとされる目黒区最古の神社、大鳥神社がある。江戸地図として古いものとされる「長禄江戸図」にも書かれているこの神社は、目黒村の総鎮守でもあり、毎年11月に開かれる酉の市には、商売繁盛開運招福の熊手を求めて大勢の人が訪れる。
綾もよく父親に連れられてこの市を訪れ、小さい頃から馴染みの深いこの神社は、いつのころからかランニングの折り返しの場所になった。
そしてその帰り道、山手通りを北に向かい郵便局の角を曲がると、綾が心臓破りの坂と名付ける馬喰坂があった。
綾がこの坂道に父親を誘う時はいつも下心があり、それは正信も十分承知していた。
綾にとってこの勝負は、父親にお小遣いをねだる時の儀式のようなものだった。
最初は手加減をしていた正信も、最近では真剣に走っても次第に綾に追いつけなくなってきていた。それでもこのささやかなレースは、父と娘が全力を出して競い合う、二人にとっての大切な時間だった。

「はあ・・また飲み過ぎたでしょ・・はあ」
「お前こそ・・大会終わったばかりだっていうのに・・疲れてないのか?・・はあ」
「そんなの、一晩寝れば大丈夫に決まってるじゃない・・はあ・・若いんだよ」
「若いか・・はあ・・はあ・・」
「はあ・・じゃ、お父さん・・お小遣い、よろしく・・」
「何だ、また、カラオケか?」
「陸上部の打ち上げだよ、美幸達と約束してるの・・ほら、昨日で引退したから・・」
「そうか・・あんまり遅くなるなよ・・はあ・・でも、娘に鴨られるようになっちゃ、俺もお終いだな・・いいか、お母さんには内緒だぞ」
「分かってるって・・じゃ、行くよ、お父さん」
「綾・・ちょっとたんま・・はあ・・少し休んでいこう」
「休むって、家、もうすぐそこじゃない・・お母さん、待ってるよ」
「いいじゃないか、日曜日くらいのんびり帰っても・・はあ・・」
「・・もう、しょうがないな」
綾はそう言うと両手を伸ばし思いきり深呼吸した。
吐く息が白く、冷たい朝の空気が綾の上気した頬をひんやりと包み込みこんだ。
「おはようございます」
綾は道行く人に元気に挨拶すると、坂の上の十字路にある庚申塔の小さな祠にそっと手を合わせた。
何気ない光景だった・・しかし正信はそんな娘の姿がなにより嬉しかった。

「綾」
「何?お父さん」
「昨日は惜しかったな」
「うん、あともうちょっとだったんだけど・・でも最後に八王子の娘抜けたから」
「上出来だよ・・なんたって、最後はお前が一番速かったんだから、お父さん、それだけで鼻が高いよ」
「私、負けるのやなんだよね」
「誰に似たんだかな、お前のその性格は・・」
「お父さんじゃないかもね」
「どうしてだ?」
「だって、根性無いじゃん、お父さん」
「この減らず口が・・・ところでお前、勉強の方は大丈夫なのか?カラオケもいいが、ちゃんと受験の準備してるんだろうな?」
「大丈夫だよ、本番には強いから・・それに、これでも美人の優等生って言われてるんだよ、私」
「よく言うよ・・・まあ、それだけはお母さん似かも知れないな」
「ねえ、お父さん、お母さんが私くらいの時どんな子だったの?勉強出来たんだよね、ねえ、今の私とどっちが可愛い?」
「そりゃ・・お前、お母さんさ」
「ぶー・・言うと思った」
「お母さん、小学校の頃からずっと委員長してたからな・・それこそ美人の優等生ってやつだよ」
「あっ、それ分かる・・お母さんってさそんなタイプだもんね、気がついたらいつのまにか仕切られてるみたいな・・・お父さん、その頃からお母さんに頭上がらなかったでしょ」
「まあ、そうだな・・・さてと、そろそろ冷えてきたな」
「そうだね」
綾はそう言うと、腕を抱え込む仕草をしながら身体を温め始めた。
すると金色の美しい毛並みをした大きな犬が、飼い主を引きずるようにして坂道を上ってきた。
「おはようございます」
綾はその女性にぺこりと挨拶をすると、人懐っこそうな表情を浮べながら悠然と前を通り過ぎるその犬に笑顔で手を振った。
「いいな・・私もあんなソレイユみたいなコ飼いたいな」
「何だ?そのソレイユって」
「川原亜矢子さんの飼ってる犬だよ、知らない?お父さん」
「誰だ?・・綾にはタロとジロがいるだろ」
「もうそれ聞き飽きた・・・・まあいっか、どうせ無理だもんね・・何で家には庭がない訳・・美幸ん家だって・・・」
綾は溜息をつくとそうぶつぶつと呟いた。
「ほら、帰るぞ、あんまり遅いとお母さん心配するからな」
正信はそう綾をせかすと、さっさと一人で走り始めた。
「休むって言ったのお父さんでしょ・・っとに勝手なんだから」
綾は小さくなっていくその犬の姿を眺めると、振り向き父親の後を追って走り出した。
「もう、待ってよ、お父さん」

鳥居の前で静かに息を整えると、正信は短い石段を上った。
表通りに面した神社も、境内に1歩足を踏み入れると、木々の間から鳥達の囀りだけが聞こえる静かな空間が広がっていた。
社殿に続く石畳の先には、一体の凛々しい顔立ちの狛犬がどっかりと座り、いつものように正信を迎えていた。

正信は手を合わせ静かに目を閉じた。
願うことは一つだった。

石段を下りると、正信は狛犬を眺めた。
多くの狛犬を残したことで知られる石工・内藤慶雲の手になるこの阿吽の像は、それぞれが子供を抱きかかえていて、その姿からは強さと同じくらいの優しさが感じられた。
「やっぱりあいつは目が高いな」
「綾、お前達に会いたいってさ・・・守ってやってくれよな、これからもあいつのこと・・・」
正信は心の中でそう彼らに話しかけた。

「おはようございます」
この境内で時折見かける老人に正信は挨拶をした。
「おはようございます・・時々お見かけしますな」
「そうですね、お参りですか?」
「散歩ですよ・・あなたはジョギングですかな」
「ええ、日課みたいなものです」
「私もですよ・・ところで、娘さんですかな、いつもご一緒だったあの可愛いお嬢さんは、最近お見かけしませんが・・」
「ええ・・実は・・ちょっと病気で入院してまして」
「そうですか・・それはご心配ですな、とても元気そうなお嬢さんにお見受けしたが」
「でも、昨日、娘が大部屋に移ったんですよ」
「そうでしたか・・それは良かったですな」
「ありがとうございます」
「じゃあ、またお見かけすることができますな」
「ええ・・帰ってきます・・もうすぐ」
正信は老人に丁寧に挨拶をすると、石段を降り通りに出た。
行き交う車の喧騒が1日の始まりを告げていた。
「帰ってくるよな・・」
正信は空を見上げそう呟くと、青になった信号を山手通りに向かって力強く駆け出していった。

続く
...2006/06/15(Thu) 08:14 ID:Lflt.8hQ    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
トントンという小さな足音が階段を上っていた。
カチャリという微かな音がしてドアが静かに開くと、金色の大きな塊がその隙間をするりと抜けて部屋に入り、小さな女の子が忍び足でその後に続いた。
カーテンから漏れる光が寝室をほんのりと明るく照らし、床に敷かれたラグの上には読みかけの雑誌と半分ほど残ったミネラルウオーターのボトルが転がっていた。
女の子はそれらを慎重に避けると、ベッドの脇で尻尾をぱたぱたと振るその犬に、人差し指をその可愛い口元に当てて合図をし、父親の眠る顔の横にそーっと立って手でその鼻を摘んだ。
「うんん・・・」
父親が寝返りを打って顔を布団に沈めると、今度は反対側に回って同じように鼻に手を伸ばした。
「うんん・・・」
息苦しさに寝返りを打つと、顔にぺたぺた触る何かの感触が父親の意識を目覚めさせた。
そしてゆっくりと目を開けると、生暖かい息を吐く大きな顔から伸びる長い舌が、その顔をべろべろと舐めまわした。

「パッチ、止めろ・・もういいから・・」
舐めまくる犬の口を手で防ぎ顔を背けて逃れると、今度は布団がゆらゆらと揺さぶられた。
「パパ、お・き・て」「俊ちゃん、朝だよ」「ハッハッ・・オン」
一人と一匹のその執拗な攻撃に田村俊介はたまらず目覚めた。
「んー・・彩香?・・・もー・・パッチを2階に連れてきちゃダメだろ」
「ママが起してきてって言ったもん」
「そうだろうけど、ダメなものはダーメ・・ほら、パッチ・・下に行きなさい・・ふぁー・・あ」
俊介はベッドから起き上がると犬の首元を掴んでドアから押し出し、そのまま大きなあくびをした。
「じゃあ彩香、ママに起きたからって言ってきて」
「はーい・・・ママー・・俊ちゃん、起きたよ」
女の子は元気に返事すると、大きな声でそう言いながら階段をトントンと下りていった。
ベッドサイドの時計を見るともう8時をとっくに回り、俊介はもう一度大きなあくびをしながらカーテンをさっと引いた。
窓から見える空は透き通るように青く、良く晴れた土曜日の朝だった。

「おはよう、俊ちゃん」
シャワーを浴びて居間に行くと、キッチン越しに京子が声をかけた。
「ああ、おはよう・・でももっと寝かせてくれよ」
「ダメよ、パッチの散歩、今日はあなたの番」
「・・そっか・・・そうだ、彩香がまたパッチ寝室に入れたぞ」
「俊ちゃんが起きないからじゃない?」
「そうだけど、ルールはルール、約束だろ・・」
「そうね・・・彩香、パッチをまた2階に上げたの?ダメよ!」
「えーっ、なんでー」
「何ででも!パパとの約束でしょ!・・パッチもいい!分かった!」
「うん、分かった」「クーン」そう叱る母親の声に、テレビの前に座り込む娘は仕方なさそうに返事をし、もう一匹も耳を伏せ上目遣いで小さな声を出した。

「ねえ、俊ちゃん、パンも食べる?チーズフランス焼いたの」
「いいね、さっきからいい匂いがしてたのはそれか・・」
ダイニングテーブルの上に焼きたてのパンと、ヨーグルトと牛乳をかけたシリアルの皿が並べられ、京子は最後にオレンジジュースのグラスを俊介の前にコトリと置いた。
パンを一口摘んで頬張ると、胡桃とレーズン、そしてカマンベールチーズの甘いハーモニーが口いっぱいに広がった。
「美味しいよ」
「ありがと、そのジュースも絞りたてよ」
「へー、今朝はリッチだな・・どれどれ」
グラスを口に運びごくりと一口飲むと、俊介はその爽やかな甘さに記憶があった。
そしてその答えはすぐに出た。
「そうか・・もう、そんな季節なのか・・」
「そうなの、昨日届いたのよ、箱いっぱい・・きっと東京では誰よりも早い露地物の愛媛みかんよ」京子はそう言うとキッチンの隅に何気なく置かれたダンボールに目をやった。
「お義姉さんからの手紙と写真も入ってたわ、あなたによろしくって・・」
「じゃあ、これはお義兄さんが大事に育てた2年目のみかんってことか・・」

俊介はソファに腰掛け、送られてきた手紙と写真に目を通した。
手紙には家族の近況が綴られ、同封された写真には、濃い緑色の葉っぱと黄色く実ったみかんの畑の向こう側に、青い海が広がっていた。
京子もコーヒーカップをテーブルに置くと隣に座った。
柔らかな光の射し込む窓際では、パッチがゆったりと寝転び、その横で彩香が妹の相手をして遊んでいた。
俊介と京子はコーヒーを手にしながらその様子を微笑ましく眺めた。
久しぶりに穏やかな時間が流れていた。

「しかし、お義兄さんも思い切ったよな・・大手食品メーカーの課長のポストをあっさり捨てて、みかん農家に鞍替えだもんな・・嫁さんの実家を継ぐこともそうだけど、なかなかできないよ」
「兄さんは前から考えてたみたい・・もともと田舎育ちだし、みかん農家の一人娘をお嫁にもらった時からいつかはっていう覚悟はあったみたいよ」
「松山の営業所時代に大恋愛して、無理やり東京に連れて帰って来たってやつだろ・・お義姉さんもきれいな人だからな、その気持ちは分かるな・・」
「でも、お義兄さん長男だろ、八王子のお義父さんは家出ることよく納得したよな」
「まあね・・農家の苦労は知ってる人だし、それなりに心配はしたみたいだけど、言い出したら聞かないのは良く似てる親子だから・・・それに兄もこっちにいる時は仕事仕事で家族とゆっくり過ごす時間もないくらいだったから、案外ほっとしてるんじゃないかしら・・両親もその辺のことは良く分かってるみたいよ」
「でも、香織ちゃんがいなくなったのは寂しいだろうな、お義父さん達やっぱり・・」
「だから、私が彩香達連れて良く行くんじゃない・・これでも親孝行のつもりよ」
「そうなの?」
「何だと思ってたの?」
「いや・・・そう」
俊介は横目で妻の顔をちらりと見ると、少し顔を緩めて封筒の中に入った写真を取り出した。
その中の1枚に、パッチと同じ毛並みを持った大きな犬の隣で、笑顔を見せる女の子の写真があった。
「香織ちゃん、また一段ときれいになったな・・・それに、あのチビ介も大きくなって・・」
「ほんと、いい顔してる・・向こうの学校も楽しいみたいね」
「お義兄さんやお義姉さんも最後まで悩んだんじゃないのかな?香織ちゃんの進学の事では・・」
「それはそうよ・・香織もほんとはこっちの高校に行きたかったと思うわ、友達もいるし、やっぱりいろんな点で地方とじゃレベルが違うと思うしね」
「そうだろうな・・まあ、勉強はやる気になればどこでもできるし・・でも、慣れない土地で香織ちゃんが寂しいんじゃないかって無理やり子犬をプレゼントしたけど、こうして写真見ると正解だったな」
「うん、パッチの娘だもんね・・」
京子は金色の毛玉のようなパッチが我が家に来た最初の日のことを思い出した。
それから1年後彩香が生まれ、そして舞が生また。
彩香がすくすくと育ったのも、舞の妊娠中の辛い時期を乗り切れたのも、パッチがいつも兄のように遊び相手をしてくれたから・・。
そう、パッチは幸せを運んで来てくれた我が家の大切な長男。
窓際で穏やかに寝そべるこの息子との今の5人の暮らしを、京子は今は何より幸せに感じていた。

「あれ、お義兄さんの住所って愛媛のどこだっけ?」
「松山よりちょっと北に行った海沿いの町よ、確か・・・ちょっと待ってね、伝票に住所が・・」
京子は立ち上がり、キッチンのダンボールに貼られた宅急便の伝票を覗き込んだ。
「えーっとね、愛媛県稲代郡宮浦町・・って書いてある、それがどうかしたの?」
「宮浦?・・そうか・・・いや、松本のやつがさ・・」
「松本さんがどうかしたの?」
「あいつ、そこの生まれらしいんだ」
「へーそうなの、奇遇ね・・・あなたたちってほんと縁があるのね」
「ほんとな・・・なあ、京子」
「何?俊ちゃん」
「前に大学の時一緒だった小林君のこと話したろう」
「明希さんでしょ」
「ああ・・今度さ、松本と二人誘って食事でも行かないか?」
「いいわね、あの二人絶対お似合いよ」
「だろ・・こんなのは誰かが尻を押してやらなきゃダメなんだよ」
「そうね・・付き合いが長いとお互いなかなか言い出せなくなっちゃうしね・・・ねー俊ちゃん」
京子はそう言って俊介の顔を覗き込み、すました顔をしてまた隣に座った。
「・・何?」
「成長したね、他人の世話焼けるようになったんだ」
京子はそう言って悪戯っぽい微笑を見せた。
「えーっと・・そうだそうだ、パッチの散歩行かなきゃな・・パッチ、行くぞ!」
俊介は照れ臭そうにそう言うと、立ち上がり愛犬に手招きをした。
京子はそんな俊介を見てくすりと笑い、左手の指輪をそっと触った。
「オン」
パッチは呼ばれた瞬間飛び起き、嬉しそうに尻尾を振りながら玄関へ走って行った。
「彩香も行くー」
「そうか・・じゃあ舞ちゃんはママとお留守番してようか」
俊介はそう言って小さな女の子を抱き上げると、頬擦りをしながら母親の腕の中にそっと降ろした。
「じゃあ、行って来るよ」
「行ってらっしゃい・・車には気をつけてね・・彩香も急に飛び出したりしちゃダメよ」
「分かってる」「はーい・・・パッチ、お散歩行こう」
二人はそう返事をすると、女の子はすぐに玄関に走って行った。

京子は小さな娘を抱きかかえながら、通りに向かって仲良く歩き出す二人と一匹を、庭先から手を振りながら見送った。
爽やかな秋風が彼女の髪をふんわりと揺らし、どこからともなく香る金木犀の甘い香が、巡り来る季節の訪れをそっと告げてくれているように思えた。

続く
...2006/06/19(Mon) 08:15 ID:oqJmBZY2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
綾が一般病棟に移ったことで、正信の気持ちも多少落ち着いてきたのか、娘とのジョギングを思い出す余裕が出てきたのでしょうね。
街中の情景がこと細かく描かれているのですが、ロケハンなどされてるのでしょうか?今日、たまたま山手線で目黒付近を通りましたが、この街のどこかで正信と綾がジョギングしてたんだな、と感慨にふけりました。

田村先生と京子夫人は友達みたいな夫婦なんですね。娘の前で『イチャツイテ』いても全然嫌味を感じません。というか、家族全員が友達みたいで明るい家庭に感じました。

余談ですが、京子夫人は水野真紀さんのイメージで読ませていただきました。私にとっての田村先生のイメージは『白い巨塔』の里見医師=江口洋介さんなので、奥さんも同じキャスティングをしちゃいました(^^)
...2006/06/22(Thu) 22:47 ID:XtomTHmU    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
何か良いことがありそうですね。
clice様。
正信さんも、田村先生も、毎日の生活を繰り返しながら、昨日と違う今日、今日と違う明日を感じているでしょうか。ゆっくりと、何かが動く前触れを感じます。

坂のある風景には詩情があります。
四季折々に変化する自然に敏感だったり、見慣れた風景にあるとき物凄く心が動かされたり。正信さんから綾への大きなプレゼントだったかもしれませんね。


タロとジロも、パッチもみんな可愛いです。
家族の一員ですね。
ちなみに京子さんは私も、水野真紀さんでした。(笑)

では、お身体に気を付けて頑張って下さい。
...2006/06/24(Sat) 14:56 ID:Em3WqmhA    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「じゃあ、こちらが納品書ですね、またお願いします」
健一はそう言って勝手口を出ると、裏木戸を抜けて玉砂利の敷き詰められた駐車場に戻ってきた。
庭先に並んだ栗の木立には、緑色の葉の枝にいがいがの栗がいくつも実をつけ、木漏れ日の中で、小鳥達が開いて落ちた茶色い実を嬉しそうに代わる代わる啄ばんでいた。
「んー・・」
健一は空になった味噌樽を車に積み込みむと、空を見上げぐーっと伸びをした。
澄みきった深い青空に綿菓子のような雲が浮び、その青空をバックに白い飛行機雲が南西の方角へ真直ぐに伸びていくのが見えた。
健一はそれを暫く見つめると車に乗り込み、寺から続く小道を町に向かって走り出した。
田んぼを一面の黄金色に染めていた稲穂も今はすっかり刈り取られ、あぜ道に咲くピンク色のコスモスがゆらゆらと風にそよいでいた。

駅前に差し掛かると、土曜日ということもあって、散策に訪れた観光客の姿が通りに目立ち、すれ違う大型の観光バスから吐き出される人達と一緒に、地図を片手にぶらぶらとお目当ての場所へ向かう、いつもの週末の光景が始まっていた。
通りの路地を曲がり車を敷地に入れると、蔵の前に1台の見慣れたトラックが止まっていた。
「お帰りなさい、専務」
作業服姿の若者が作業場から顔を出し健一にそう声をかけた。
「届いたのか」
「はい、たった今、蔵に収めたところです」
「そうか、ありがとう」
「櫻井さんが事務所でお待ちですよ」
「分かった」
健一がそう言うと、若者は軽く会釈をしてまたぱたぱたと作業場に戻っていった。

「よう、お疲れ・・こんな早くから専務自ら配達か?」
事務所のドアを開けると、ソファーで煙草を燻らせていた男が声をかけた。
「お帰りなさい」
ちょうどお茶を出していた事務の女の子が、健一に会釈をした。
「ただいま・・修平、お前こんなところで油売ってる暇あるのか?」
「まあ、そう言うなって・・さっそく持ってきてやったぞ、精米終わったばかりのピカピカの新米を・・」
「すまなかったな・・ところで、出来の方はどうなんだ?」
「今年の米は最高だぞ、冷夏だった去年と比べたら雲泥の差だね、あのくそみたいに暑かった夏のお陰だ」
「期待はしてたが・・そうか、そんなにいいのか・・」
健一の顔から思わず笑みがこぼれた。
「健一・・」
「何だ?」
「お前、蔵の人間らしい顔つきになってきたな」
「そうか?」
男は煙草を揉み消しながら健一を見上げると、小さく頷いた。

櫻井修平は古くからこの町で商売を営む米屋の跡取り息子で、健一の中学の同級生だった。
修平の家と健一の家とは先々代からの付き合いで、味噌作りに必要な米や大豆はここから仕入れていた。今は(株)櫻井米穀販売として事業を拡大し、広く関東の方にもコシヒカリ、あきたこまち、キヌヒカリなどの長野県産米の流通を行い、また農家との契約栽培の仲介をするなどして、酒蔵や健一のところのように原材料が命のような事業所の要望に答えていた。
近隣の商家や事業所の長男の例にもれず、東京の大学を卒業した修平は実家を継ぎ、今は町の商工会青年部の若手が中心となって作る草野球チームで、健一とともに汗を流していた。

「ところで健一、明希ちゃんとはその後どうなんだよ?」
「どうって・・」
「お前さ・・そんな米粒見てにやにやしてる場合じゃないんじゃないか」
蔵で届けられた新米に目を輝かす健一に、修平はそう話しかけた。
「お前がいい米だって言ったんだろう」
「この前東京で会ったんだろ、その後どうしたかって聞いてるんだよ」
「電話で2、3度話をしたけど・・」
「それで、明希ちゃんは何て・・?」
「いや・・返事はまだ・・」
健一はそう言って首を左右に振った。
「お前さ・・そんな悠長なこと言ってていい訳?ぼやぼやしてるとまた誰か別のやつに取られちまうぞ」
「別にぼやぼやはしてないだろ、気持ちは・・伝えたつもりだよ」
「お前さ、中学生じゃないんだから・・そんなことぐらいではいそうですかって上手く行く訳無いだろ・・これだから振られたことの無いやつは嫌なんだよ」
「俺だって振られたことぐらいあるさ」
「好きな相手に形振り構わず必死になったことがあるかって言ってんだよ」
「・・・」
健一はすぐに返す言葉が見つからなかった。
振り返ると、自分が好きになるよりも前にいつも恋愛が始まっていた。
そして夢中になれないまま、また次の恋が始まった。
健一はいつの頃からか気づき始めていた。
求めているのはたった一人の笑顔だということを・・・。

「なあ、健一・・明希ちゃんってさ、小学生の頃から無茶苦茶可愛かったよな・・勉強も運動もなんでもできたけど、澄ましたところなんかこれっぽっちもなくて、よく男の子と一緒になって遊んでたろ・・お前、憶えてるか?いつだったか明希ちゃんが柿の木から落ちた時のこと・・」
「憶えてるさ・・寺の裏手のでっかい柿の木だろ?」
「ああ、女の子のくせにお転婆って言うか・・でもあの頃は楽しかった、おやつ持ち寄ってみんなで木の上で食べたりしてさ・・・あの時は一瞬だった、気がついたら落ちてて、明希ちゃんの額からいっぱい血が出ててさ、俺はどうしようっておろおろするばかりで何にも出来なくて・・そしたらお前がすぐに親父さん呼びに行ったんだよ、それで病院に連れてって大事には至らなかったんだけど・・・その時子供ながらに思ったよ、お前はスゲーって、普通なら自分が叱られるとか思うじゃないか・・まっ当の本人は案外けろっとしててさ、ほんと見掛けによらず男勝りな子だったよな」
「武勇伝はまだあるよ」健一も明希のお転婆ぶりを思い出した。
「中学の時はもう小林って言ったら知らない者はいないくらい可愛くてさ、成績は常にトップクラス、スキーなんかほんと男子顔負けでさ・・・小布施中のマドンナだったよな、実際・・・」
「ああ・・」
「その頃からお前達公認でさ、揃って長野高に受かって、いつも駅から一緒に帰ってたのをよく憶えてるよ・・あの頃彼女に惚れてたやついっぱいいたけど、でも誰もちょっかい出せなかったのは相手がお前だったからだぞ、健一・・それをあっさり手放しやがって」
「修平、お前・・」
「ああ、俺も好きだったよ・・悪いか?」
「いや・・・」
「健一、好きなんだろ、明希ちゃんのことが・・嫁さんにしたいんだろ?だったら仕事ほっぽってでも東京に行って、無理やりにでも引っ張って来いよ」
「無茶言うなよ・・彼女にも事情があるだろ、それに一度失敗してるし、子供のことだってあるし・・」
「来年、小学生だってその子?」
「ああ、一樹君って言うんだ、一度会ったきりだけど可愛い男の子だよ、お袋も気に入っててさ」
「東京で女手一人で子供を育てるのは大変だぞ、しかも来年小学校入学だろ・・俺が女で同じ立場だったらやっぱり父親が欲しいと思う、子供のことを考えたらそれが一番だ・・お前と再会したことは彼女にとって渡りに船だろ、なんたって結婚すれば信州でも老舗の味噌蔵の若女将だからな・・子供にとってこんな最高の環境はないし、実家も近いんだから両親の面倒も見れるだろ、それにもともと好き合ってた二人なんだから、明希ちゃんに断る理由は無いさ・・お前だってそうは思ってるんだろ?」

「好きなやつがいるのかな?・・・」
想像したくない事だった。
しかし、そう考える度、健一の胸はどうしようもなく苦しくなった。
「そうかもな・・でも、お前にも気があるんだよ、じゃなきゃ東京でまた会ったりするもんか」
「そう・・だよな」
「自信持てよ、今のお前は昔とは違うんだ、明希ちゃんのことちゃんと幸せにしてやれる、俺が保証するよ・・・と言うことで、今日来たのはこれを渡す為だ」
そう言って修平は上着のポケットから1枚の葉書を取り出すと、それを健一に差し出した。そして、そのパソコンで打ち出された葉書の裏を見て健一は思わず目を丸くした。

「同窓会?・・って修平、お前何考えてんだよ」
「そのまんまだよ、小布施中3年2組の同窓会さ・・こっちにいる連中にはもう伝えてある、後は遠方組だな・・担任だった中川先生も久しぶりに教え子に会えるって喜んでたし、明希ちゃんにも会いたがってたよ、それと、彼女の住所はこっちで調べてもう案内状は送ってある、今頃着いてるはずだ、どうだ、仕事・・早いだろ」
「お前さ・・本当かよ・・」
「嘘ついてどうするよ・・こんなのはきっかけがないと出来ないんだからちょうどいいだろ」
「まさかみんなに話したりしてないよな?」
「そこは上手くやったさ、まあみんなも懐かしいちゅーことで、結構盛り上がってさ」
「彼女、来れなかったらどうするつもりなんだ?」
「無理やりでも連れて来い・・って言いたいところだが、それができりゃこんな遠回りなことしなくてもいいしな・・来るさ・・まあ来なかったらその時は諦めろ、お前の失恋パーティに早変わりさせてやるから・・まだ独身の娘だって結構いるぞ、福田知ってるだろ?あの背の高かった綺麗な娘・・今、長野で信用金庫に勤めてるけど独身だってよ・・どうだ?みんな結構お前のこと狙ってるぞ」
修平はそう言って屈託のない顔で笑った。
「ふざけるなよ」
「冗談だよ・・健一、アウエィばかりでやってると負けちまうぞ、ここ一番っていう勝負はホームでやれよ、絶対落せない試合だろ、俺達サポーターがついてる、安心しろ」
修平は急に真顔になると、穏やかにそう話し微笑んだ。
「修平・・」
「今度は絶対逃がすんじゃないぞ、死ぬ気で行け、死ぬ気で・・・じゃ、俺帰るわ」
そう言うと修平は手をひらひらさせながらトラックに乗り込んだ。
「修平、ありがとう」
「いいってことよ・・・あっそうだそうだ、明日、県民グラウンドに朝7時集合な、とりあえず明日の試合は勝つぞ、じゃあな」
「ああ」
健一はそう言ってトラックの窓から顔だけ出す修平を笑顔で見送った。
おせっかいだが、その優しさが嬉しかった。
そしてトラックが敷地を出て見えなくなると、健一は手にした葉書を見つめた。

「専務、お電話でーす」
その声に振りかえると、事務所の入口から女の子が手を振っていた。
「分かった、今行く」
健一はそう返事をすると、葉書をポケットに突っ込み事務所に向かって足早に駆けて行った。

続く
...2006/06/25(Sun) 07:05 ID:VsuWBQ6E    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
朔太郎に『強敵連合軍』出現と言いましょうか、今一つ煮え切らない健一に援軍が現われましたね。ボヤボヤしてると明希を持っていかれるぞ・・・とちょっぴり心配になってきましたが・・・
しかし、幼馴染の友情って良いものですね。健一にチャンスを与えるためにわざわざ同窓会を企画する修平は本当にいい奴だと思いました。

余談ですが、同窓会を舞台にしたCMに桜井幸子さんが出演中です。桜井さんはクラスのマドンナ役、初恋相手のクラスメート役はオダギリジョーさんが演じています。本作品ではどんな同窓会になるのでしょうか?楽しみに待っています。
http://www.lifecard−choice.com/top.html
...2006/06/27(Tue) 23:09 ID:vfMX9a4Q    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:たー坊
う〜ん”包囲網”のようなものですかね?
これは、明希は非常に揺れるのでしょうね・・・。
先が読めず、次回が気になります。
...2006/07/03(Mon) 02:21 ID:t1r7zoFQ    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「じゃあ、また来るね」
「うん、バイバイ」
エレベーターに乗り込む友人達を手を振って見送ると、綾は小さな溜息をついた。
久しぶりの友達とのおしゃべり・・学校や部活のこと、テレビの話題や友達の恋の噂話など・・楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
綾は振り返ると広いエレベーターホールをぼんやりと眺めた。
そこから続く広い渡り廊下が隣の棟まで真直ぐに伸びていて、今もその場所を沢山の人が行き交っていた。
隣のエレベーターのドアが開くと、下りる人の後から点滴棒を押した男性がのん気そうに新聞を片手に下りてきて、出るのに手間取っている車椅子の為に、白いブラウスに明るいチェックのベストの事務職の女性が、バインダーをいっぱいに抱えた腕を必死に伸ばしてボタンを押していた。
ようやく車椅子が出てくると、その女性は乗っている男の子に笑顔で手を振り、付き添う母親が振り返り丁寧に頭を下げていた。
病院という空間の中でいろんな人達の人生が交差する場所・・・綾は今そこに立っていた。
そして次のドアが開くと、数人の看護師に押されてストレッチャーが慌しくエレベーターの中に消えていった。

ナースステーションの前を通り、物珍しそうに辺りを見回しながら、綾はスリッパの音をパタパタと響かせて自分の病室へ戻ってきた。
するとドアの前に一人の男性が落ちつかない様子で立ち、頻りにノックを躊躇っていた。
綾はにんやりとしてその男性の後に立つと、その肩をポンポンと叩いた。
綾の細長い指が頬に触れ、驚いて振り向いたその顔を嬉しそうに見つめると、マスクを外してはにかむように小さな声で名前を呼んだ。
そして急に照れて背を向けた。
やっと会えた・・・。
「友達をエレベーターまで送ったとこ・・・やっと出られたんだよ、私・・・」
綾はそう話しながら振り向き、彼を見つめた。
「もう廊下だって歩けるんだよ・・・やっと出られたの・・・やっと・・・」
嬉しかった。ずっと会いたかった男性だった。
綾の瞳に大粒の涙が浮び、彼の顔をぼんやりと揺らした。
そして啜り上げるたびに言葉も出なくなった。
綾は俯いて、溢れる涙を必死にこらえようとした。
その時・・逞しい腕が綾をギュッと抱き締めた。
頬に肩に胸にそして背中に、綾は身体中でその男性の温もりを感じた。
涙が綾の両の頬を伝っていった。
「もう一回呼んで」
優しい声が耳元で囁いた。
綾は一瞬意味が分からずきょとんとした。
「・・・って」
しかしその後の言葉は幸せに満ちていた。
綾は微笑みその名前を呼んだ。
「もう一回」
男性の囁きに、綾は繰り返しその名前を呼んだ。
涙が次々と頬を伝った。
「もう、なんで会いに来てくれなかったの」
「ごめん」
「私、ずっと待ってたんだよ」
「ごめん」
「仕事そんなに忙しいの・・・彼女とか・・・いるの?」

綾はゆっくりと目を開けた。
昨日とは僅かに違う病室の風景が綾の目に映った。
隣に百合子のベッドは無く、広い窓から朝の柔らかな光が漏れていた。
綾は布団を深く被りもう一度目を閉じた。
幸せだった夢の続きをどうしても見たかった。
しかし記憶は瞬く間に遠い過去の思い出のようにぼんやりとしたものに変わっていった。
綾は布団から頭を出して、枕に顔埋めるように横を向いた。
布団に包まりながら、身体に感じた優しい温もりは忘れずにいたかった。
綾は隣のテーブルを見つめると、手を伸ばし引出しからMDプレイヤーを取り出した。
そしてディスクを入れ換えるとイヤホンをはめてスイッチを押した。

朝食の後、綾は何をする事も無く、母親の買って来た雑誌を気のない素振りでパラパラとめくると、時折ぼーっと窓の外を眺めた。
無菌病棟から出たからといって特別何かが変わる訳でもなかった。
しかし、おしゃべりできる相手も、気にかけてくれる人も、いつも周りにいた人達が急に
誰もいなくなって綾は軽いホームシックを覚えていた。
「変なの・・・つまんない・・・」
そう独り言のように呟くと、また窓の方に目をやった。
きれいな青空が広がっていた。

聞いていた音楽に割り込むように突然病室に明るい声が響いた。
綾が振り向くと、ドアに近い患者のベッドを看護師の女性が笑顔で覗き込んでいた。
「・・さん、今日はいいお天気ですね、お変わりありませんか?」「・・痛む?じゃ後で当直の先生に診てもらいましょうね」「ワンちゃんの写真ですか?可愛い・・早く会えるといいですね」
綾よりやや背が高くスラリとした印象のその看護師は、患者達に明るく声を掛けながら順番にベッドを見回ると、窓際の綾の所にやってきた。
看護師はベッドに付けられたネームプレートと手元の表とを見比べると、綾の左の手首に巻かれた白いリストバンドに目をやり、そして明るく声を掛けた。
「あなたが広沢さんね・・広沢綾さん」
「はい、そうです」
綾はイヤホンを外すとその看護師を見上げた。
「おはよう、広沢さん・・私が今日からあなたを担当する坂木涼子、よろしくね」
看護師はにこやかに自己紹介すると微笑んだ
「坂木さん?・・はい、よろしくお願いします」
「ねえ、何聞いてるの?」
外したイヤホンからシャカシャカと微かな音が漏れていた。
綾はその片方を手渡すと、坂木はそれを自分の耳にあてた。
聞こえてきたのは切ないラブソングだった。
「ミスチルかぁ・・いい曲ね」
坂木は少し耳を傾けそう話すと横目でチラリと綾を見た。
「ですね・・」
綾はどこか気のない返事をした。
坂木はふっと小さく溜息をつくと、思い直したように声をかけた。
「じゃ検温しますね」

「瑞希先輩から聞いてるわよ、すごい頑張り屋さんなんだって?」
「瑞希・・って、森下さんのことですか?親しいんですか?」
「うん、良く一緒にご飯食べに行ったりするよ・・優しい人でしょ、瑞希さん」
「うん・・」
「女の私でも憧れるのよね・・あなたのことも良く話してたわよ、ご飯をとっても美味しそうに食べる娘だって・・すごい食いしん坊だって」
「森下さんが・・?」
「うん・・でも無菌では有名よ、あなた・・・普通みんな薬で喉の粘膜をやられるから、口から食事が取れなくなるんだけど、あなたは平気で食事してたって・・」
「別に平気だった訳じゃ・・本当に痛い時は水も飲み込めなかったんですよ」
「ごめん、ごめん、そうよね・・別に悪い意味で言ったんじゃないのよ、甘えないでよく頑張ったってこと、ちゃんと食べることはとっても大事なことなのよ」
「特技なんです、私・・ご飯残さないの・・」
「すごい特技ね・・やっぱりただの食いしん坊屋さんみたいね」
「えへ・・」その言葉に綾は少しだけにこりとした。
「広沢さんは・・ちょうど3ヶ月目に入ったところか・・」
「今日で63日目です」
「そっか・・良かったね、早く出られて・・・あそこに長くいると男ができないよ」
「どうしてですか?」
綾は真面目な顔をして聞いた。
「あそこ無菌病棟でしょ、ばい菌だけじゃなく、男も自然と寄ってこなくなるのよ・・瑞希先輩だってあんな美人なのに今だに独身なのよ、可哀相よねー・・」
「・・そうなんだ」
綾は暗い顔をして俯いた。
次の瞬間、綾の頭がペチッっという音とともに叩かれた。
「痛っ」
「・・って、あなたね・・何納得してるの、ここは思いっきり突っ込むとこでしょ」
「えっ」綾はポカンとした表情で坂木を見上げた。
「そんな馬鹿な・・とか言うでしょ、普通・・」
「あの・・もしかして、吉本のファンとか・・?」
「これでも難波の生まれです」
「・・大阪ってことですか?」
「Yes!」
「ははは・・・」
綾はつい可笑しくて自然に声を出して笑った。

「やっと笑ったわね」
「えっ・・?」
「顔・・暗かったよ・・急に環境が変わって不安なのはわかるけど、やっと一般病棟に移れたんだからもっと喜ばなきゃ・・笑顔にしてないと治る病気も治らないわよ」
坂木はそう言って優しく微笑んだ。
「坂木さん・・」
「涼子でいいよ・・私も綾ちゃんって呼んでいい?」
「はい、もちろんです」
「良かった・・じゃあ血圧計ろうか・・」

坂木が病室を去った後、綾はまた窓の外を眺めた。
空の色が深く濃い青に変わっていた。
綾はベッドの上で両手を組むと、ぐーっと伸びをした。
「よし・・」そう呟く綾の表情は久しぶりに晴れ晴れとしていた。

「どうも」
坂木はそう言って昼食を乗せたトレーを抱えると食堂の中を見回した。
そして窓際にお目当ての場所を見つけると、すれ違う人を慎重に避けながらそのテーブルにそそくさと向かい、座っている人に声をかけた。
「瑞希先輩・・」
「涼子ちゃん・・」
「ここいいですか?」
「もちろん・・どうぞ」
森下はそう言ってにっこり微笑んだ。

「・・綾ちゃんの様子、どう?」
おかずをいっぱいに頬張り、もぐもぐと口を動かす坂木に、森下は心配そうな表情で訊ねた。
「うーん、ちょっと不安そうにしてたけど、大丈夫ですよ・・ブラストフェイズだったんでしょ、彼女・・すごい運の強い娘なんですね」
「ええ・・・涼子ちゃん、頼んだわね、綾ちゃんのこと・・」
「任せて下さい」
坂木はそう話すとまたご飯をもぐもぐと口に運んだ。
森下はその様子を微笑ましく見つめると、ほっと安心したように窓の外に目をやった。
空が青く一面に晴れ渡り、明るい光に包まれた土曜日の午後だった。

続く
...2006/07/06(Thu) 07:58 ID:LKnDfTCo    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんばんは。
またまた引っ掛かってしまいました。(笑)

この物語には、「夢」の描写が、すでに何箇所かありますが、そのいづれも本当に素晴らしいものです。私は全体を通しても、この「夢」のシーンがとても好きで、特に、綾がベッドの上に拘束されてその闘病の凄まじさや不安や絶望などの描写に、点滴のチューブにぐるぐる巻きにされて断崖絶壁からベッドまま落ちてしまい、綾の腕を朔太郎が掴む、あのシーンがもの凄く!好きなんですね。もしこれを映像にしてあげると言われても、この文章ほど素敵にはなり得ないのでやめてもらいたいくらい素敵だと思います(笑)。見てみたいけど・・。

今回は、ドラマ6話ですね。あの感動的な病院での抱擁シーン。
これは綾の見た夢ですが、同時に朔太郎が見た夢のような錯覚を覚えました。名前を一言もお書きにならないことで、シーンに深みを与えていらっしゃるんですよね。切なく素敵な夢でした。

新しく登場した坂木さんはとても元気な女の子。今までにないキャラですね。
活躍が楽しみです。


前後しますが、健一さんのお友達はとてもいい人。明希ちゃんと健一君がお似合いのカップルだったことが分かって、何だか嬉しかったですね。
こちらの方も大きく動きそうな予感なので、楽しみにしています。


ところで、お話は全く変わるんですが、TBSで、「原作大賞」というのを募集してるのをご存知ですか?TBSのトップページに案内があります。
clice様は、物語をお書きになるのは初めてではないと想像するのですが、もし未発表の作品がおありでしたら、応募してみられては如何でしょう。こちらには、サイドストーリーを書いておられる方々が多くいらっしゃって、皆さん文才に長けておられるので、(もしこれを読んでいらっしゃったら)、挑戦してみてはいかかでしょうか?
「脚本」じゃなしに、「原作」に拘ってるみたいなので、きっとストーリーの素晴らしさを重視してるのかもしれませんね。
皆さんがお書きになった物語が、もし映像になれば、これほど嬉しいことはありません。
...2006/07/08(Sat) 02:18 ID:Q8P2WCJM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:にわかマニア
>clice様
>またまた引っ掛かってしまいました。(笑)

 私も同感です。
 と言うか,そう言いたい方は,不二子さんや私の他にもいっぱいいらっしゃることでしょう。

 ここに物語を書いていらっしゃる皆さんは,cliceさんにしても朔五郎さんにしても「フェイントの名手」が多いので,引っかからないようにと用心しているのですが,それでも引っかかってしまうのですね。まあ,そう言いながら,引っ掛けられることを楽しみにしている部分もある訳ですが・・・
...2006/07/08(Sat) 08:46 ID:1PDP5DGs    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
>clice様

ご無沙汰しております。

「再会・・もう一つの結末(2)」いつも楽しく拝見しております。

clice様の文章のとても繊細な表現にいつも吸い込まれてしまいます。
今回の綾、前回のサクは本当に号泣させて頂きました。

次回もとても楽しみにしております。

最近暑い日が続きますがお体にお気を付けて執筆活動頑張って下さい。
...2006/07/16(Sun) 19:35 ID:RXpvSFWo    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
本当に暑い日が続き、まるで物語の2年前の夏のようでしたが、また梅雨空に逆戻りですね・・少しひんやりとした朝です。
表参道様に感想を頂いて、ふと久しぶりに届いた知人の便りのような感じがしました。
このパート2になってすぐに書き込んで頂き、途中も上げていただくなど、ご無沙汰をしているのはこちらの方なのに、こうやって頂くとやっぱり嬉しいものですね・・・最近はどうやらなんとか書けています。
読んで頂いたのはそれぞれの10月2日土曜日の朝ですが、綾が一般病棟に移り、物語が再び動き始める今、書いておきたいと思う部分でした。
朔太郎のこの3ヶ月間の気持ちはきっと複雑だったろうなと思います。
ドラマ本編の時もそれなりに複雑な思いを抱えていたでしょうが、綾が現れて更に複雑になってるという・・(笑)。
どーするの俺・・と、そんな彼を書きたいのもこの物語を書いてる理由ですが、でもやっぱり上手くは書けないので、もう読まれる方がそれぞれに想像して下さい・・という丸投げ状態です。

裏話を少しだけ・・・気づかれた方も多いと思いますが、朔太郎の夢に登場するトンネルは134号線の飯島のトンネルです。
抜けるといきなり鎌倉と湘南の海が広がるあの場所です。
岬のカーブは稲村ガ崎、そして島影は言わずと知れた江ノ島です。
東京で海を見に行く・・と言ったらやっぱりここかなと・・。
朔太郎も東京に出てきてからきっと何回もこの場所に来たんじゃないかと思います。
夢の場所は宮浦なのかも知れませんが・・どうなんでしょう?

ドラマ「タイヨウのうた」が、いきなりこの飯島のトンネルのシーンから始まりましたね。
オープニングからかなり普通に湘南の風景が流れてきて、東京、神奈川の方には見慣れた風景だと思いますが、そうでない方には物語の場所の一つ、百合子の住む町ってこんなとこって思って見てもらえれば嬉しいです。百合子と夏実の「いつものとこ」も何気に映ってるし・・。

もう一つ・・飯島のトンネルと言えば、映画「波の数だけ抱きしめて」のオープニングでも登場して、そのシーンがとても印象的です。
大好きな映画なので、実は話の中でちょこちょこと使っています。
ご覧になっていない方がいらっしゃいましたらぜひお勧めします。
残念ながらDVDにはなっていないのですが、大きなビデオショップには必ずレンタルであると思います。
この映画で松下由樹さんが、第15回日本アカデミー助演女優賞を取られていますが、この映画の中に出てきます、谷田部先生の有名な台詞・・・。
爽やかでちょっぴり切なくて・・とても好きな映画です。
「タイヨウのうた」のお父さん役の勝村政信さんが、いい感じで登場していますし、湘南というのがどこかタイムリーですね。
これも裏話・・一番最初、まだ書き始める前、綾の父親は実はこの勝村さんを想像しました。
だから名前が正信・・・なんです。

不二子様、実は前から気になっていて・・・あなたが一番最初に想像した正信さんていったい誰?・・なんでしょう。
...2006/07/18(Tue) 08:25 ID:BZhfAftM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんばんは。

正信さんですが・・・
clice様の頭の中が「・・・・・。」になりそうで怖いです(笑)。

三宅裕司さん、なんですね。
物凄く最初の頃に、正信さんが早朝マラソンに出かける綾に向かって、「布団の中からひらひらと手を振った」、という描写があったと思うんですが、その「ひらひら」を読んだ瞬間から三宅裕司さんになってしまったんです(笑)。クリーニング屋さんで親しみやすい街のおじさんという感じで、条件にピッタリなんですけど、如何せん「綾のお父さん」ということで、しかも綾がお父さんのことを「カッコいい」と言ってますので・・ちょっとこのままでいいのかな〜と思っていたのです。いや・・、三宅さんには三宅さんのカッコ良さがあるのは充分承知してるのですが、何せ正信さんは鍛え上げられた市民ランナー。他の人がいいのかな〜、とか考えていても、どうしてもお顔が三宅さんに戻ってしまい・・・そうこうしてると体だけは間寛平さんになってしまったのですね。
こんなんあり?って感じですよね(笑)。
そうですか、勝村さんでしたか。


和子さんも実は最初、市毛良枝さんが浮かんで来て・・。台所で、綾のことを思ってうつむいている後姿が、何故か市毛さんだったんですね。「高島礼子さん」って固定されるまで、なんとなく市毛さんでした。でも、三宅さんと市毛さんの娘がはるかちゃんというのは、年齢がバラバラなんじゃなかろうか・・、って一人で唸ってました(笑)。


関東地方の地理には全く疎いのですが、clice様の文章を読んだ時、よくドラマに出てくるあのカーブのことは思い浮かべました。でも海だけは私が昔見た、ひとけのあまりない海だったです。百合子さんと『タイヨウのうた』の孝治が同じ街に住んでると想像すると、それはそれで楽しいですね。


では、雨続きですが、お体に気を付けて頑張って下さい。
...2006/07/18(Tue) 21:19 ID:ll8GAoEs    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
不二子様

・・そうですか、三宅祐司さん・・・。
ちょっと意外でした、というか想像の範疇を超えてました(笑)。
でも綾との飾らないやり取りは想像できますね。
「根性なし」と口癖のように父親のことを呼びながら、本当は誰よりも汗でびっしょりになった父親の背中を知っている娘・・・。
バカがつくくらいに娘のことを愛しながら、きれいになっていく娘に照れて、ついぶっきらぼうな口調で接してしまう父親・・・。
それでも走るということでお互いを認めている・・そんな父と娘を書きたかったので、イメージは合ってますよね、私も手をひらひらさせているところが勝村さんでしたから・・。

実は「1リットルの涙」が始まった時、その余りに近い設定と「亜也・・」と呼ぶ声に、最初はまったく想像していなかった陣内孝則さんが、いつのまにか正信に思えてきて仕方ありませんでした。
クリーニング屋と豆腐屋の違いはあっても、商店街の通りに面した木造の2階建てで、その父親が残した店を継いだこと、そしてあそこまでは弾けていないにしても、そのキャラクターは確かにそのまんまだなぁと・・。
そしていつのまにか綾も沢尻エリカさんに・・・こちらはさすがにいかんいかんと常に意識していましたが・・・(笑)。
でも綾に妹がいたらきっとあんなお姉ちゃんだと思うし、綾の場合は一人っ子なのでその分亜湖のキャラクターも入っているという・・・(笑)。
でもその沢尻エリカさんのお父さんが、今度は勝村さんというのも自分にとっては何か縁というか、ちょっと嬉しい感じがします。

和子さんが市毛良枝さんというのも分かりますね、私にもそんなイメージはありました。
これも裏話なんですが、綾の家庭を想像した時、商店街で商売を営む両親との3人家族・・そのイメージがまず浮びました。
そしてそれは何故かクリーニング屋で・・。
いろんな家庭環境を想像して物語をシュミレーションしてみましたが、やはりそれが一番しっくりきたので、綾の家はクリーニング屋さんに決定。
たぶん共に家業がクリーニング屋だった映画「がんばっていきまっしょい」と、ドラマ「元カレ」のイメージがあったからだと思います。
特に「元カレ」は代官山という設定だったので、近いな・・と。
そしてその時のお母さん役が市毛良枝さん・・その後、ドラマ版の「がんばっていきまっしょい」でもお母さん役と、クリーニング屋の奥さんと言えば市毛良枝さん・・みたいな。

最後にもう一つ裏話。
皆さんのイメージとしていろいろと名前の挙がった田村俊介ですが・・・実は、私がイメージしている役者さんは・・・伊原剛志さんなんです・・・江口洋介さんを配役されてた皆さん・・ごめんなさい(笑)。
実は「白い巨塔」も見てないし・・・(わーごめんなさい)。
田村だけを考えると江口洋介さんは近いイメージなんですけど、緒形さんとのバランスを考えたら、自分の中では自然と伊原さんになって、朔太郎との掛け合いはもちろん、それは綾(はるかちゃん)や森下(多江さん)との会話でもとてもしっくりくるんです。
早く言いたくて実はうずうずしてたんですけど、もういいですよね・・(笑)。

お読み頂いている皆様、物語もあと少し・・?ですが、最後までテンションを落とさないように頑張ってみるつもりです。これからもよろしくお願いします。
...2006/07/20(Thu) 08:13 ID:gQyBq8jo    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんにちは。
度々お邪魔しています。

「しっくりくる」というニュアンス、分かりますよ。確かに・・・、緒形さんと江口さんが並んでる姿というのは、今いちピンとこないというか・・何ででしょうね。多分年齢は同じくらいだと思うんですが、共演作がないからですかね・・。演技の方向が違うからでしょうか。

clice様が伊原さんを当てたのは、緒形さんの持つ人情味といいますか、自然体質といいますか、演技が持つ周波数のようなものが、似てると感じられたんでしょうね。江口さんより、伊原さんの方が確かに緒形さんに近い位置にいると思います。


で、そうやって考えているとドラマの初っ端、大人の朔太郎に緒形直人さんが配役されていることの重要さを改めて思います。これは私が思うことですが、緒形直人さんは都会のビル群より、自然の中がよく似合うと思うんです。例えば、草原とか砂浜とか田舎の橋の上とか(笑)。緒形さんの持っている情緒がそういう背景にぴったりだと思うんですね。
松本朔太郎という人物を考えた時、その心情を表現するだけなら34歳の彼を演じることの出来る俳優さんは他にも何人もいたかもしれませんが、緒形さんのように自然に溶け込むような雰囲気を持っていることは、この「宮浦」を舞台にした物語には不可欠だったのかもしれません。
どんなに都会にもまれていても、宮浦で生まれてこの街で育ち、そして忘れられない恋をした・・・。そんな青年の役に、やはり緒形さんは適任だったと思います。
...2006/07/21(Fri) 17:31 ID:5bfI0kXw    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

こんばんは。
あの〜、物語に関係なくて申し訳ないのですが・・・、随分前に『チルソクの夏』のことをお話されたの、覚えていらっしゃいますか?
その『チルソクの夏』をこの度私、ようやく観たんですね。
大変、美しいお話でした。

主演・水谷妃里さんは、物静かな中に芯の通った女子高生を清潔感溢れる演技で好演していました。一昔前(二昔?)の女子高生の清らかさを、友情と共に描いて秀作だったと思います。彼女を見ていると本当にあの時代の女子高生のようで、作品全体の色も統一されていて、古き良き時代というよりも、もっと現実的な時代の移ろいを感じさせてくれました。
仲良し4人組でとにかく目立っていたのは、上野樹里さんですね。役柄的にも、非常に活発な女の子で、グループを引っ張る存在でしたが、とてもよく表現されていたと思います。ですが役回りがあって、この作品の主演にはやはり水谷妃里さんの一歩引いた佇まいがよくあっていたと思いました。演技そのものよりも彼女の中の、静かな情熱といいますか、控えめなのだけれど真っ直ぐ前を見ている強さというか、何というか・・、もしかしたら彼女自身が持っている個性で充分作品を引っ張っていたと思います。相手役の男の子とも、雰囲気がピッタリでしたし。他の作品を観たことないので(『ピンポン』に出てたそうですが、覚えてないんです・・)、彼女の印象をこの作品だけで判断するのは、分からないのですけれど、とにかくとてもよく合っていたと思いました。

というわけで、私の中にまた一つ思い出の作品が加わりました。
ありがとうございました。


物語の方ですが、どうぞゆっくり進めて下さいね。
では失礼いたします。
...2006/08/06(Sun) 00:18 ID:Bu.FmxM.    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
上げておきます
気長に続きを待っています。
...2006/08/27(Sun) 18:31 ID:4aRgoQ8s    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
上げておきますね。

続きを楽しみにお待ちしております。

9月に入ってもまだまだ暑さが厳しいのでお体にはお気を付け下さい。
...2006/09/03(Sun) 19:09 ID:lYlGYB6c    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:熱烈ファン
埋もれかけていました
...2006/09/18(Mon) 09:24 ID:fl2kmZP6    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:Tohshi
一気に読んでしまいました。すごいです。続きを楽しみにしています。
...2006/09/23(Sat) 03:25 ID:FlGwfJbY    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:Yukari
彼氏に、薦められて読みました。とっても感動しています。

サクちゃんとアキ(綾)ちゃんの約束を叶えさせてあげてください。
...2006/09/23(Sat) 11:32 ID:FlGwfJbY    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
あげておきますね☆
...2006/10/07(Sat) 23:08 ID:AhcQ1.EM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:西湖
続きを楽しみにしています(^^)
...2006/10/18(Wed) 22:06 ID:0EDJpCow    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:くにさん
再会・・もう一つの結末をプリントアウトし、1冊の本として、娘と繰り返し読んでいます。朔太郎さんと綾さん、明希さん、健一さんの微妙な関係を読み解きながら、感動しながら楽しく読ませていただいております。今後どの様な展開なるのか、期待に胸膨らましながら、このサイトを毎日眺めております。お体ご自愛の上、物語の続きを掲載していただければ幸いです。
...2006/10/31(Tue) 11:57 ID:wwBWaSw.    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
cliceさま

こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
本当にご無沙汰しております。

11月になりましたね。
早いもので、『世界の中心で、愛をさけぶ』から2年が経ちました。
あれから、山田君も、はるかちゃんも個々に活躍していますが、最近のはるかちゃんは、CMでもとても美しい姿を見せてくれていて、cliceさまにはきっと、面映いような、淋しいような、複雑な気持ちでいらっしゃることでしょうね。多分、もっと美しくなりますよ〜。

そのはるかちゃんですが、今やっているドラマはきっとご覧になってますよね。
私は、1話を観たきりで、その後時間的に追いついて行けてないんですが、その前にはるかちゃんについて思っていることがありました。

それは、『HERO』を観てからというもの、綾瀬はるかちゃんは本当に、木村拓哉君に引っ張っていってもらうのがいいかも・・っていうフツフツとした思いです。これ真面目に思っていて、木村君ぐらいはっきりした牽引力を持った人がそばにいると、とても安心して演技しているような気がするんですね。木村君もはるかちゃんのことは、とても可愛がってくれてたみたいですし。
だから、今の私の希望としては、木村君の来春からの『華麗なる一族』。
あのキャストの中に、綾瀬はるかさんの名前が入っていると、これがベストかな・・、と。
でも、今のドラマの撮影がありますので、どうでしょうね。やっぱり、無理かな。また妄想に終っちゃうかな、って(笑)。
まだ木村君以外の発表がありませんが(Pも分からないし・・)、ちょっと楽しみにしてるんです。

以上、私の近況ばかりでしたが、cliceさまのご都合もおありでしょうから、元気でいて下さればいいです。また、いつかゆっくり書き初めて下さいませ。
では。
...2006/11/01(Wed) 18:31 ID:6CKyfnHE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:公式サイト以来のファン
 度重なるアマゾン川シリーズのイタズラにいつの間にか押しやられていましたので、上げておきます。また、いつかゆっくり再開される日を楽しみにお待ちしています。
...2006/11/29(Wed) 22:33 ID:IiRxmA9U    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
>clice様

大変ご無沙汰しております。

お元気でしょうか??

先日、「もう一つの結末」を読み直しました。

「もう一つ・・・」のサクと綾の物語をラストまで読ませて下さい。

このままじゃ悲しいです・・・。

とても我がままで自分勝手な意見ですいません。

再開をずっと待ってます。
...2007/02/18(Sun) 23:48 ID:4x7nF/ig    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく

お元気ですか?体調など崩されていなければいいのですが。

>スリッパの音をパタパタと響かせて

本当は柔らかでいて平凡である事の幸せさを
感じさせてもいいような表現ですが
なんだかやっぱり悲しくなってきます。
どうか幸せな未来をと・・私も我がままな
希望を持ってます。

この場所があり続ける限り待っています。
...2007/03/09(Fri) 01:13 ID:yA1MZHfc    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:くにさん
cliceさま お元気でしょうか?
連載が途切れてから、ずいぶん時間がたってしまいました。一日千秋の思いで連載再開を願い、パソコンを開いております。
ずいぶん都合の良いお願いですが、お時間がございましたら、この物語の続き及び結末をお書きいただきたいと願っております。
一家そろって、「再会・・もう一つの結末(2)」のファンでございます。
お体ご自愛の上、よろしくお願いいたします。
...2007/03/27(Tue) 14:43 ID:n/ekm/Sc    

             恋愛サービス24H  Name:喜惠
まじめな出会いを無料で楽しめます
...2007/04/21(Sat) 01:53 ID:WBKAxPjk    

             童貞来日  Name:さえこ
ガイジンサンとタダマンしたい
...2007/04/21(Sat) 18:04 ID:WBKAxPjk    

             夜の直アド  Name:由亜
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...2007/04/23(Mon) 20:11 ID:OLx3zGvs    

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...2007/04/24(Tue) 19:55 ID:qZ3DKsOs    

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...2007/04/25(Wed) 13:23 ID:PchMa682    

             シークレットガーデン  Name:亜来
裏サイトのパスワードは0918
...2007/04/28(Sat) 16:49 ID:tPJKZypU    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:くにさん
悲しいです。心無い人たちにこの素晴らしい物語のサイトを席捲されるなんて。cliceさま、是非続きをご掲載ください。ずっと楽しみにお待ちしております。
管理人さんへ
出来れば不愉快な投稿を削除していただけませんか。
このサイトを楽しみにしているものとして、非常に不愉快な思いをしております。
...2007/05/01(Tue) 23:13 ID:kIs58THs    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 わたしも、くにさんと同意見です。

 連載を読みたいと思う気持ちが募るところです。かつ、心無い数々の書き込みに対して、とても憤りを感じるとともに、悲しくもあります。
 
...2007/05/02(Wed) 18:42 ID:VuDMyYkM    

             はじめまして  Name:riversider
今日、TVドラマのセカチュー再放送が終わりました。まだまだ余韻に浸っている午後です。
最終回、私の一番大好きなシーンがありました。
亜紀のお父さんと朔太郎が海辺で会話するシーン。
『よくがんばったな、朔。生死を扱う仕事は辛かったろう。もう充分だ。ありがとう』と深々と頭を下げる三浦さん、それを受けて、涙で顔がぐしゃぐしゃになる緒方さん。もうこのシーンだけは涙なしに見られないです。
共に大切なものを失い、悲しみももちらん、17年という時間の長さがお互いの辛さを思いやる優しさも持っている…愛にあふれた名シーンだと思います。
今回の再放送で、こちらのHPのこのBBSで、clileさまの「もう一つの結末 再開編」を知り夢中になりました。まだ続きがあるとうれしく思う、FANの一人です♪
それでは。
...2007/06/08(Fri) 15:39 ID:5HdES0LE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「あー疲れた・・・今日もきつかったね」
「そうだね」
放課後の練習が終わって皆が解散すると、知世はへなへなとその場にしゃがみこんだ。
亜紀はそんな知世に相槌を打ちながらも、視線は常に校舎側のフェンスの方向を気にしていた。

「お腹空いたねー・・ねえ亜紀、帰りにパパさん寄ってかない?」
「ん・・うん」
そう呟いた瞬間、亜紀の瞳が急に輝きを増した。
「亜紀・・今日のテストどうだった?」
「ねー知世、今日さ・・」
「亜紀はいいよね・・英語も古文も得意でさ・・そうだ、亜紀・・鼻血大丈夫?」
「大丈夫、もう平気・・・ココアの飲み過ぎかも・・」
「そんなに毎日遅くまで勉強してるんだ・・・それで朝練だもん、頑張り過ぎだよ、絶対・・・谷田部先生もテストの間くらい練習休みにしてくれたらいいのにね」
「それは無理じゃない、もうすぐ県予選だし・・」
「・・だよね・・・じゃあやっぱり、ここは一発たこ焼き食べて力つけますか」
「ごめん・・私、帰るよ」
「えーなんで?」
「明日も試験だし・・早く帰って勉強しないと・・」
「亜紀にそんなこと言われたら私はどうすればいいのよ」
「だから帰って勉強すれば」
「えー・・・」
亜紀の言葉にがっくりと身体を反らした知世の視線の先に朔太郎の姿があった。
「あっ、サクだ・・・なーんだ、そういうこと」
知世は亜紀に向き直り少しだけ皮肉っぽい顔をした。
「ごめんね」
亜紀も済まなさそうに苦笑いを浮べた。
「何言ってるの・・ほら、早く行ってやれば・・でないとさあいつすぐ拗ねるから・・」
「クスッ・・そだね」
「じゃあね、知世」
そう言うと亜紀は部室に向かって小走りで駆け出した。
「・・って、ちょっと置いてかないでよ・・・」

急いで運動場の門をくぐるとそこに自転車にまたがった朔太郎が待っていた。
「運転手参上」
「・・朔ちゃん」
亜紀は立ち止まり照れ臭そうに俯くと、ゆっくりと朔太郎のもとへ歩き出した。
「お疲れ・・あれっ、知世は?・・一緒じゃないの?」
「うん」
「いいの?」
「その為に待ってたんでしょ?」
「うん」
「でも、わざわざいいのに・・」
「遠慮しないでよ」
「そうじゃないけど・・知世にも悪いし・・」
「じゃあスケちゃんにも言っとくよ、知世のこと迎えに来て・・って」
「・・・もう」
亜紀は朔太郎の顔を見て呆れたように微笑んだ。
「乗って」
朔太郎の呼びかけに、亜紀は手に持った鞄とバックを慣れた様子でカゴに積め込むと、自転車の荷台にそのままストンとまたがった。
その亜紀の仕草に朔太郎は一瞬驚いたが、すぐににやりとした表情でペダルにぐっと力を入れた。
「行くよ」
「うん」
そして二人を乗せた自転車は、帰宅途中の生徒の横をすり抜けて、少しだけ坂になった校門の前の道をすべるように曲がっていった。

夕日に赤く染まった川縁の道を、二人を乗せた自転車はのんびりと進んでいた。
微かに磯の香りのする風が、練習で疲れた亜紀の体を心地よく包んでいた。
「今日もよく走ったな・・」
亜紀はそう独り言のように呟くと、ゆっくりと朔太郎の背中にもたれかかった。
「亜紀・・疲れてるの?」
「ちょっとね」
「頑張り過ぎだよ」
「・・知世にも言われた」
「家に着くまでそうしてたら?」
「いいの?」
「もちろん・・・そっちのほうが嬉しいし・・」
「何か言った?」
「ううん・・」
「フフッ・・なんかほっとするな・・朔ちゃんの背中・・」
「そう?」
「うん」

朔太郎の肩越しに流れる川面の風景を眺めながら、亜紀はぼんやりと考えていた。
こうして朔ちゃんの後ろに乗るの今日で何回目だろう・・。

謙太郎を亡くした朔太郎の悲しみを亜紀は優しく受けとめた。
それは恋への憧れが、愛へと変わった瞬間でもあった。
亜紀は思った。
それはすべてあの日から始まったのかもしれないと・・・。
朔ちゃんの背中を、今日と同じくらい近く感じたあの日から・・・。


梅雨もまだ明けきらない日曜日の朝、夜半まで降り続いた雨も上がり、待ちわびたかのような小鳥達の囀りが、ベットの中で微眠む亜紀の意識を次第にはっきりとさせていった。
亜紀は目覚めた明るさに誘われるようごそごそとベットから起き出すと、まだ眠い目を擦りながらカーテンに手を伸ばした。
眩しい陽光が亜紀の部屋を明るく照らした。
「あっ、お日様」
亜紀は思わず笑みを浮べた。
昨日まで低く垂れ込めていた雲がまるで嘘のように掻き消え、なだらかな山の稜線が澄み渡る青空にくっきりと浮び上がっていた。

亜紀はここ数日閉め切ったままだった部屋の窓をさっと開けると、大きく伸びをして朝の空気を胸いっぱい吸い込んだ。
目の前の田んぼでは、伸び始めた稲の苗がまるで一面の芝生のように青青と広がり、その上をツバメがくるくると機敏な動作で飛びまわっていた。
庭の木の枝でもスズメ達が戯れ、亜紀は心地よい風に身を任せながらその様子をぼんやりと眺めた。
ふと目を凝らすと、電線に巣立ったばかりのツバメの雛が2羽、身動きもせずにじっと掴まっていた。
見つめていると、親鳥がさっと戻ってきてはその横にとまり、また飛び立つとその周りでぱたぱたとホバリングを繰り返した。
子供達を誘っているのかな・・・亜紀はそう思った。
しかし雛達は、まだ生え揃ったばかり羽を時折広げる仕草をするものの、なかなか飛び立てないでいた。
「頑張れ」
亜紀は心のなかで思わずそう呟いた。
すると、2羽は思いに答えるかようにぱっと飛び立ち、まだぎこちない羽ばたきで親鳥の後を追いながら、必死に風を掴もうとしていた。
亜紀はその様子を微笑ましく見つめると、「よし」と振り向き、元気に階段を降りていった。

「亜紀ちゃん、起きたの?」
キッチンから振り向いた綾子が声を掛けた。
「おはよう、お母さん」
「どうしたの?日曜日はいつもお寝坊さんのくせして・・」
娘のどこか晴れやかな顔に、綾子は微笑みながら尋ねた。
「ねえ、お母さん、お弁当作って」
「どうするの?お弁当なんか・・」
「知世と約束してるの」
「知世ちゃん?・・この前遊びにきたあの髪の短い娘?」
「うん、今日もし天気が良くなったら一緒に練習しようって・・」
「そうなの・・亜紀ちゃんもなの・・」
「えっ?」
「お父さんもお仕事なんだって」
「そうなんだ」
キッチンでは、出来上がったばかりの朝食が美味しそうな匂いを立てていた。
「じゃあ亜紀ちゃん、そこのお皿、並べてくれる?」
言われて亜紀がキッチンに入ると、綾子が微笑んで言った。
「良かったわね、いいお友達ができて・・」
「うん」
亜紀もにっこり頷いた。

亜紀が朝食をテーブルに運ぶと、居間のソファで真が新聞を広げていた。
「おはよう、お父さん」
「亜紀、昨日は随分遅くまで起きてたようだな・・部屋に明りがついてたぞ」
「勉強だよ、期末試験の・・お父さんこそ、帰るの遅かったんでしょ、車の音が聞こえた」
「ああ、納期の迫ってる仕事があってな」
「大変だね、お父さんも・・」
「お前はどうなんだ、高校に入って最初の期末だろ、部活もいいが、東京と比べたらこっちはレベルが低いんだからな、今から頑張っとかないと後で泣くのはお前だぞ」
「分かってるって・・大丈夫だよ、頑張ってるから」
亜紀はにこやかに答えたものの、真の冷たい言葉には心のなかでいつも腹を立てていた。
決して父親が嫌いな訳ではなかった。
ただ頑張っていることだけは認めて欲しかった。
「亜紀ちゃん、何時まで起きてたの?」
テーブルにお味噌汁を運んできた綾子が心配そうな表情で尋ねた。
「2時」
「あんまり遅くまで無理しないでよ」
「大丈夫だよ」
「まあ、頑張っているのならいいけどな」
真はそう言うとリモコンに手を伸ばし、朝のニュース番組にテレビのチャンネルを合わせた。
そして綾子はぷっとした娘の耳元に小さな声で囁いた。
「亜紀ちゃん、ラジオを聞くのもいいけど、ほどほどにしなさいよ」
そしてはっとした娘を見て優しく微笑んだ。
「だって、音、大きいんだもん」
...2007/07/08(Sun) 10:05 ID:PW5h./wY    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「亜紀、晴れてよかったね」
「ほんと・・なんか嘘みたいだよね」
亜紀と知世は、着替えを終えた部室の前で、並んで空を見上げた。
「まっ、私らの日頃の行ないがいいということでしょう」
「フフッ・・そだね」
得意げな知世に亜紀も相槌を打った。
「でも亜紀、今日、ほんとは部活休みだし、なんか予定あったんじゃない?」
「ううん・・私も室内練習飽きちゃったし、早く走りたいなって思ってたとこ」
「ほんと?良かった」
そう言うと知世はランニングシューズの靴紐をきゅっと締め直した。
「でもどうしたの?知世、最近急にやる気出してない?」
「もうすぐ県予選じゃない、先輩達に負けたくないんだ」
「それって・・もしかして、あのリーゼントの彼にいいとこ見せたいとか思ってる?」
「あーなんてことを・・・あいつはそんなんじゃないからね、ただの幼馴染っていうかその・・・私は純粋にタイムを伸ばしたいの」
「ふーん、純粋にね・・・まあいっか、じゃあ行こう」
「うん」
亜紀と知世はボールの音の響く体育館の横を抜け、運動場の門を出ていつものランニングコースを仲良く走り出した。

雨に洗われた空気は澄み渡り、山の新緑が手に届きそうなくらい鮮やかに二人の目に飛び込んできた。
いつもは先輩達と声を出しながら走る道も、こうやって友達同士で走ると、普段の何倍も楽しく感じられた。
智世が前を走る。
陸上部に入ってすぐに仲良しになった、初めて親友と呼べる女の子。

「よーい、どん」
二人は一気に石段を駆け上がった。
「はっはっ・・私の勝ち」
「えー・・今のは一緒だったよ」
「フフッ・・胸の差」
「何それ」

神社の裏手にある苔むした石段は、昨日の雨でまだ微かに濡れ、木々で覆われた参道はひんやりした空気に包まれていた。
駆け上がりのメニューを何本かこなし、並んで石段を降りていたその時、二人の目の前に突然大きな蜂が現れた。
「いやー」
知世が大きな声を上げた。
慌てた知世は、手を振り回して蜂を遠ざけようとしたが、次の瞬間、こけに足を滑らせバランスを大きく崩した。
「危ない!」
亜紀の反射神経が瞬時に反応した。
そして間一髪で知世の身体を支えたものの、自分が代わりに石段から足を踏み外した。

「亜紀、大丈夫?」
「平気、平気」
「歩ける?」
「痛っ」
「ごめんね、亜紀」
「大丈夫だって」
亜紀はおろおろする知世を気遣いながら、1歩1歩ゆっくりと階段を降り、そして通りまで出た。
「どうしよう、この辺病院ないし、日曜だし・・」
「知世、そんなに心配しなくても、ほら十分歩けるし・・(痛っ)ねっ」
亜紀は知世を心配させまいとして、普通に歩く素振りをするが、数歩歩いただけで立ち止まった。

そして痛みをこらえながら再び歩き出した時、知世が道路の反対側の歩道をこちらに向かってくる自転車を見つけた。
「あっ、サクだ」
「誰・・知り合い?」
「うん、幼馴染なの・・知らない?あいつも宮浦高の1年だよ」
「ふーん」
亜紀はTシャツにジーンズ姿でのんびりと自転車を漕ぐその少年を見つめた。
「サクー」
知世は辺りに響き渡るような大声で叫んだ。

呼び止められた朔太郎は、一瞬きょろきょろと周りを見まわすと、通りを渡って二人の前で自転車を止めた。
そして亜紀をちらりと見ると軽く会釈をした。
「よう・・何だよ、知世・・部活の練習?」
「あんたこそ何してんのよ」
「見りゃ分かんだろ」
そう言った朔太郎の自転車の前カゴには、つり道具と竿が詰め込まれ、荷台にはクーラーボックスがしっかりと括り付けてあった。
「飽きずによくやるわね・・それで釣れたの?」
「まあな」
「あっそんなことより、亜紀が階段で足挫いちゃってさ・・ねえ、近くに病院あったっけ、サク、あんた知ってる?」
朔太郎はもう一度亜紀に目をやると、急いで自転車から下りた。
「まずはその足冷やしたほうがいいね」
朔太郎はそう言うが早いか、荷台からクーラーボックスを降ろすと、中に入った氷を取り出し、それを手近にあったビニール袋に詰めて亜紀の前に差し出した。
「ちょっと魚臭いけど、まあ無いよりいいでしょ」
「あ・・ありがと」
それは撒き餌の入っていた袋だった。
亜紀はそれを受け取ると、挫いた右足にそっと氷をあてた。
「冷たくて気持ちいい」
少しだけ痛みが和らいだ気がした。
「あんた、こういう時だけは気が効くわね」
「うるせっ」
そして亜紀はその場に腰掛け、二人の飾らないやり取りを微笑みながら見つめた。

「何してんの、あいつ」
「さあ・・」
亜紀と知世は近くの藪に入りごそごそと何かをしてる朔太郎を不思議そうに見つめた。
「まっ、これでいいだろ」
朔太郎はそう独り言のように呟くと、魚が入ったままのクーラーボックスを隠し、そして自転車にまたがった。
「えーと・・まあいいや、とにかく乗って」
朔太郎は亜紀に向かって言った。
「乗ってって、あんた亜紀をどーする気よ」
「知世、お前、大事な事一つ忘れてねーか?」
「何よ大事な事って」
「お前ん家だよ」
「私ん家がどーしたのよ」
「薬局だろ?おまえん家・・湿布薬なんか売るほどあるんじゃねーの?」
「あっ、そうか・・・忘れてた」
「・・俺、その娘連れて先行くから、お前はおじさんに電話しといてくれよ」
「えーお金持ってないよ」
「知世、これ・・」
亜紀はそう言うと、ジャージのポケットから100円玉を取り出した。
「ジュースでも飲めるかなって思って・・」
「じゃ解決な・・乗って」
「えっでも・・」
「いいから乗って」
「うん、亜紀、そっちの方がいいよ」
「知世・・」
「サク、亜紀は私の大事な親友なんだからね、こけてこれ以上怪我させたら承知しないわよ」
「誰がするかよ」
朔太郎は遠慮する亜紀を荷台に座らせると、ゆっくりと自転車をこぎはじめた。

「ちゃんと掴まってて」
「うん」
朔太郎にそう言われ、亜紀は回した左手にぎゅっと力を入れた。

男の子の自転車に乗るのは初めてだった。
夕暮れの土手を二人乗りして帰る・・・そんな漫画のような情景に憧れはしてたけど、すれ違う人や車がみんな自分を見ているようで、恥ずかしくてただ黙って下を向いていた。

「あとちょっとだからさ・・もう少し我慢しててよ」
「大丈夫・・あの・・氷ありがと・・でも、魚だめになったんじゃ・・」
「いいよ、別に気にしなくても・・また釣ればいいだけの話だし」
「あの・・・私・・まだ名前言ってなくて・・廣瀬です」
「知ってるよ・・3年の途中から俺らの中学に転校してきたでしょ?」
「うん」
「俺、松本・・知らないよね、クラス違ったし・・」
「ごめんなさい」
「・・まっ、別にいいけど・・」
「あの・・知世がさっき松本君のこと幼馴染だって・・」
「ああ・・幼稚園からずっと一緒だからね」
「あの・・大木って人も?」
「スケちゃんのこと知ってるの?」
「うん、知世から・・」
「あいつ、昔っからスケちゃんのこと好きだからね」
「やっぱそうなんだ・・」
「まっ、好きっていうより、世話焼きたいだけかもしんねーけど・・・でも、君も災難だったね・・あいつ、ほんと慌て者だからさ」
「私は別に・・」
「でも、君がいなかったらあいつがもっとひどい怪我してたかもしんねーし・・・ありがとう」
「えっ・・」
「あんなうるさいのでも一応幼馴染なんで」

亜紀は朔太郎の背中を見つめた。
父親以外でこんなに近く男の人の背中を感じたのは始めてだった。
亜紀の胸が急にドキドキと高鳴り始めた。
自転車が揺れ、時折肩が触れると、その高鳴りは更に大きくなった。

「あの・・知世が松本君のことサクって呼んでるのは・・?」
「俺の名前朔太郎って言うんだ・・・おじいちゃんがなんか昔の有名な文学者の名前に肖ってつけたらしいんだけど・・・ちなみに妹も芙美子だし・・」
「林芙美子?」
「かな、よく知らないけど・・」
「そうなんだ・・」
「それでおじいちゃんが俺のことサクって呼ぶもんだから、それであいつも真似して・・・俺のおじいちゃん、この町で写真館やっててさ」
「もしかして・・松本写真館?商店街の先の・・?」
「知ってるの?」
「うん、練習でよく前を通るし・・」

亜紀は以前、一度だけ父親に頼まれ写真を受け取りに行ったことがあった。
その写真館は、亜紀がまだこの町に引っ越してきたばかりの頃、もの珍しげに町を探検していた時偶然見つけていたが、中に入ると、まるで古い図書館にでも来たような錯覚を覚えたのを亜紀は今も覚えていた。
「じゃあ、あの時お店にいた品の良さそうな老人がこの人のお爺さんなのか・・・」
亜紀は心の中で呟いた。

「廣瀬ってさ・・走るの好きなの?」
「それもあるけど・・・試したいんだ、自分がどこまでやれるか」
「そっか・・・じゃ足、大切だよな・・・早く治るといいね」
「うん」

亜紀はそのさりげない言葉が嬉しかった。
朔太郎の肩越しに前を見ると、風がぱっと亜紀の前髪を揺らした。
さっと掻き上げると、太陽が眩しく、もう夏がすぐそこまで来ていた。
亜紀は回した左手をもう一度ぎゅっと握り締めた。


ミュージックウエーブ・・今回は「身近に起こったちょっと嬉しい出来事」がテーマ、まだまだ皆さんのお葉書読んじゃいますよ。
じゃあ次は愛媛県は稲代郡・・匿名希望さんからのお葉書です。

文さんこんばんわ。
私はこの前、初めて男の子の自転車に二人乗りしました。
「いいわね・・素敵ですね」
部活の練習で足を痛めた私を、通りかかった彼が自転車に乗せて送ってくれたんです。
彼といっても友達の知り合いで、話をしたのもその時が初めてでした。
私は恥ずかしくてあまり話もできなかったのですが、私を気遣ってくれた彼の一言がとても嬉しく感じました。
そして、私を乗せて一生懸命自転車をこいでくれた彼のことが、とても頼もしく思えました。
でも、彼は私を送るとすぐに帰ってしまったので、実はその時のお礼もまだちゃんと言っていません。
一言お礼を言いたいのですが、彼とはクラスも違うし、私も部活をやっててなかなかそのチャンスがありません。
「どうしてかな?お友達に頼んで伝えてもらうこともできると思うけど・・・」
もしかしたら、彼がこの放送を聞いているかもしれないと思い・・・。

「そうですか、分かりました・・では匿名希望さんには、ミュージックウエーブの特製キーホルダーを特別に差し上げちゃいましょう・・彼にこの前のお礼ですってプレゼントするのはどうかなあ・・勇気を出して言ってみて・・素敵な恋が始まるかもしれませんよ・・じゃあ次のお葉書を紹介するっちゃ・・東京都は目黒区のラジオネーム・・・」


「痛っ・・朔ちゃん、おしり痛い」
「ごめん」
「空気減ってるんじゃないの?空気・・迎えに来るならちゃんとしてよね」
「うっさいなー」
「何か言った?」
「いえ、言ってません」
「わらわはご主人様であるぞよ」
「はいはい」

静かな夕暮れの帰り道、朔太郎の背中にもたれた亜紀の耳に、キーホルダーが触れるカンカンという音がずっと聞こえていた。
これからもずっと聞いていたい、そんな幸せな音だった。
亜紀は微笑み小さな声でそっと呟いた。
「好きよ、朔ちゃん」


「松本先生、ロッカーの鍵まだ見つかりませんか?」
「あれ、どこやったかな」
「先生、大事な鍵なんですから、もっとちゃんと保管してくださいよ」
「たぶんこの中にあると思うんだけど・・」
朔太郎は机の引出しの中を掻き回した。
「もう先生、これで何回目ですか?」
「ごめん」
「もういいです・・急ぐので事務室から合鍵貰ってきます」
「悪いね」
「先生、もう今度こそ無くさないよう、キーホルダーにでも付けてしっかり持ってて下さいね」
「はい」
「・・またかって嫌味言われるのいつも私なんだから・・・」
彼女はそうぶつぶつと呟きながら病理室のドアを出ていった。
...2007/07/08(Sun) 10:09 ID:PW5h./wY    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
久しぶりの投稿再開、お待ちしてました。カンが鈍ってたせいか、時間軸が最初よくわからず、何回か読み直してしまいましたよ(^^;;
高校二年生の予選前の練習(ドラマでいうと3〜4話あたり)⇒1年のころの朔と亜紀とのはじめての出会いの回想⇒今の朔太郎(於病院)という流れでよろしいでしょうか?

大人になっても朔はやはり朔なんですね。そろそろ身を固めないと・・・ライバルが虎視眈々と明希を狙っているので、なんらかの手を早く打たないとイカンですね(^^)
...2007/07/08(Sun) 12:25 ID:TQjYTZPs    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:にわかマニア
 お帰りなさい,cliceさん。
 お待ちしていました。
 ついに,葬儀帰りの防波堤で渡されたキーホルダーの出自が明かされたのですね。
...2007/07/08(Sun) 18:34 ID:ZtL6dufE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
cliceさんお帰りなさい!!

本当に首を長くして待ってました!!

サクと亜紀の恋愛が始まる前のストーリーはとても
胸が切なくなりますね(涙

それと同時に今回はcliceさんが帰ってきて頂いた事が嬉しくて仕方ないです。

本当に有難うございます。

是非、続きも楽しみにしてますのでこれからもご無理をなされないよう頑張って下さい。
...2007/07/08(Sun) 20:38 ID:PrmTjimM    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:不二子
clice様

ご無沙汰しております。
お元気でいらっしゃいましたか?

こうして、clice様の物語を読ませて頂くと、
これこそが『セカチュウ』の世界なのだと、思えます。やはり、そういう空気を持っていらっしゃると思います。
私も、また書いて下さったことを、とても嬉しく思う一人です。

何かと、大変なこととは思いますが、どうぞお身体には気を付けて、お元気でいらして下さいね。

今日は、来てみて良かったです、本当に。
...2007/07/09(Mon) 01:01 ID:cSexj7OE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく

お帰りなさいclice様

不二子様の言うとおりこれぞまさに
「セカチュー」といった感じの物語ですね
読んでいると目の前に松崎の街暮らす
朔達が浮かんできます。

就寝前にとても気持ちの安らぐ時間を
すごせました、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いしますね。

それにしても皆さん随分と早く返信されていますね
それだけにこの物語に対する期待と思い入れが
強いんだとおもいます。

clice様別に急かしているわけではないので
どうかいつまでもマイペースで続けて下さい。
...2007/07/09(Mon) 02:25 ID:yA1MZHfc    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 cliceさん、物語の再開、本当にありがとうございます。

 これまで漠然と想像していた朔太郎と亜紀との出会い、そして亜紀が朔太郎へひかれていく様。筋の通った物語として語っていただき、自分自身、もやもや感が吹っ切れた感じです。そして、改めて1話を見てみたいと思ってしましました。


 綾と朔太郎の行方も気にしつつ、この物語の展開を楽しみにしております。
...2007/07/09(Mon) 05:50 ID:q.sWb1ms    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
再開後の2本を〜朔と亜紀〜のBGMを聴きながら読んだら最高でした。
...2007/07/10(Tue) 23:35 ID:w.AwlueA    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「どうもありがとうございました」
和子は笑顔で見送ると、お客から預かったワイシャツをカゴに移し変えた。
そして、さっと時計に目をやるとエプロンを外した。
「あなた、私そろそろ・・」
「じゃこれ・・今上がったばかりだが、急ぎらしいんだ、ついでに幼稚園まで届けてやってくれないか」
「園長先生ね」
「そうだ」
「分かったわ」
「それと・・あいつに、何か好きなものでも買っていってやってくれ」
「了解」

綾の快復は和子にも少しづつ以前の日常を取り戻させていた。
商店街の路地を曲がり、住宅街へ少し歩くと、周りを木立の囲まれて、まるで古い昭和の時代にタイムスリップしたかのような場所に出た。
そこは綾の通った幼稚園だった。
いつもならこの時間、子供達の元気な明るい声が聞こえてくる園内も、今日はひっそりと静まり、木漏れ日が誰もいない滑り台を明るくぽつんと照らしていた。
門から一歩中に入ると懐かしい時間が流れ始めた。
木の温かみが残った古い木造の園舎も、庭の真中にそびえる大きなクスノキも、そのどれもが思い出に溢れていた。
和子もまたここの卒園生の一人だった。

「和子さん」
呼ぶ声に振り返ると、ほっそりとした年配の女性が微笑み掛けた。
「園長先生・・これお預かりした・・」
和子は会釈をすると、手にした紙袋を渡した。
「ごめんなさいね、わざわざ・・」
「とんでもないですわ、いつもごひいきにしてもらってますから」
和子はそう言って微笑んだ。
「嬉しそうね・・・聞いたわ、綾ちゃんの事・・普通の病室に移れそうなんですって?」
「そうなんです、昨日やっと・・」
「良かったわね、本当に・・」
「ええ、ありがとうございます・・このままいけば今月中には退院できるんじゃないかって・・」
「そう、そうなの・・・でも、これであなたも少しホッとしたんじゃない?」
「どうでしょう・・・でも主人はそうみたいです、今朝は妙に張り切っちゃって・・」
「ご主人らしいわね」
「ほんと、判りやすい人なんだから・・」
和子はそう言ってくすりと笑った。
「あなたもよ・・和子さん」
女性はそんな和子の表情を見て、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。

中庭が見渡せる廊下で二人は話し始めた。
「先生・・・こうしてお庭を見てると、あの子がここに通ってたのがつい昨日のことのようです」
「そうね・・・毎年沢山の子供達がここにやってきて、そして出ていくの・・次に会った時はもうこんなに大きいのよ・・子供の成長は本当にあっという間、私もおばあちゃんになる訳ね」
「いえ・・先生はまだまだお若いですわ」
「あら、ありがとう・・でも変わらないのはこの庭のクスノキだけね・・・可愛いくて、おませさんで、男の子の面倒をよく見ていた女の子が、今ではもうこんな立派なお母さんになっちゃうんだから」
「よして下さい・・先生」
和子は照れ笑いを浮かべた。
そして自分の記憶の中の面影をそっとその女性に重ね合わせた。
「フフッ・・そして綾ちゃんは、少し引っ込み思案なところもあったけど、絵本と動物が大好きな女の子・・・みんながお外で遊んでいても、あの子は絵本に夢中で、よく歌いながら読んでいましたね」
「ええ、自分でメロディーをつけて・・」
和子は思い出したようにくすりと笑った。
「そして今ではカラオケに夢中です」
「いいじゃない、カラオケ・・実は私も大好きなの、この前も若い先生達とみんなで渋谷でもりあがってね」
「先生がですか?」
「あら、変かしら?」
「いえ、ちょっと意外な気が・・」
「今の子供達が相手ですからね、モーニング娘くらいは歌えないとついていけないのよ」
そう言うと女性は再び悪戯っぽい微笑みを返した。
「やはり先生はお若ですわ・・・でもあの子、私の父や主人にお小遣いをせびってはよく友達と出かけてるみたいで・・」
「それは綾ちゃんも年頃の女の子だもの」
「まあボーイフレンドはいないみたいで、それだけは主人も安心してるようですけど・・」
「それは残念ね」
「もう先生・・・でもあの子、あれだけ陸上に熱心でも、学校の成績は悪くないみたいで、入院中の遅れも心配ないだろうって担任の先生は仰ってくれてて、そろそろ将来のことも・・・」
そう言いかけて、和子ははたと我に帰った。

退院する娘を待っているのは生存率という厳しい現実だった。
夢も希望も・・未来のすべてはその数字の中にしか存在しなかった。
和子は思わず涙ぐんだ。

「・・・ごめんなさい、私ったら・・」
「いいのよ、和子さん・・・綾ちゃんは、将来絵本の編集者になりたいんじゃないかしら?」
「あの子がですか?」
「ええ・・聞いていませんか?」
「いえ」
「そう・・・和子さんも知ってるように、この幼稚園では毎月、地域のボランティアの方達と一緒に絵本の読み聞かせの会を行っているでしょう・・綾ちゃんも何回かお手伝いしてくれたけど、子供達と一緒に絵本を読んでいる姿がとても楽しそうで・・いつだったか、将来そんな仕事ができたらいいなって・・」
「あの子がそんなことを・・」
「素敵な夢ですね」
「先生・・あの子、小さい頃から絵本がほんと好きで、今でもあの子の部屋には沢山の絵本があるんですよ・・もうぼろぼろになったようなものも捨てないで本棚に大切にしまって・・・そうなんですね、いつのまにかそれがあの子のやりたいことになってたんですね・・・そんなことも知らないなんて母親失格ですわ」
「親に自分の夢を語るのって、子供にしたら照れ臭いものよ]

「園長先生、このクスノキはいつからここにあるんですか?」
和子はそう言うと静かに上を見上げた。
「さあ、いつからでしょうね・・・150年くらいって言う人もいるけど、正確なことは誰も知らないの」
緑色の葉を枝いっぱいに茂らせて、てっぺんが見えないくらい大きなその姿に、和子は包まれるような優しさと生命の力を感じた。

「私はね、和子さん・・ここに通う子供達には、この木のように大きくて優しい人間になって欲しいの、それが私の願い・・いえ、そう信じてるの・・・この木もそうやってずっと子供達のことを見守ってきたと思うのよ」
「私、あの子には、自分の生きたいように生きて欲しい・・そして、そんなあの子をずっと見守っていけたらって思うんです」
「大丈夫よ、和子さん・・綾ちゃんは決して負けたりしませんよ、信じましょう」
「そうですね・・あの子、強い子だから・・」
「ええ」
女性は和子の言葉に優しく頷き、そっと微笑んだ。
和子は振り返り、もう一度見上げる素振りをしながら、瞼をそっと拭った。
青い空をバックに、さわさわと風に揺れる緑の葉をすり抜けて、太陽が眩しく輝いていた。

和子は幼稚園を後にすると、駅前の洋菓子屋で娘の好物のプリンを買った。
そして病院に向かうと田村を訪ねた。

「美味しい」
綾は母親が買ってきたプリンを次々と口に運ぶと、満面の笑みを浮かべた。
「相変わらず判りやすい子ね・・ほんと誰かさんといっしょ・・」
「ん?何か言った?」
「そんなに美味しそうに食べてくれるとお母さんも嬉しいって言ったの」
「じゃあ・・もう1個食べていい?」
「どうぞ、どうぞ、その為に買ってきたんだから」
「ではお言葉に甘えて・・」
「ねえ綾、それ食べたら少しお庭に出てみない?」
「えっ、お庭って・・外に出ていいの?」
「ええ・・今、田村先生に会ってお話してきたわ・・少しの時間ならいいでしょうって」
「ほんとにいいの」
「ほんとよ」
「やったー・・そうか、出れるんだ・・お庭か・・」
スプーンを口に運ぶのも忘れ、綾は暫し窓の向こう側に思いを馳せた。

「眩しい・・」
綾は思わず太陽に手を翳した。
そして見上げた頭上には、青い空が広がっていた。

続く
...2007/07/16(Mon) 13:19 ID:Eo3TdiGE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
clice様

いよいよ綾の体調も回復に向かうのでしょうか(^_^)

幼稚園でのシーンの繊細な描写が思わず自分の昔の事まで思い出してしまいました。

綾の絵本の編集者の夢が今回は叶うと信じています。

いつも素敵なお話を有難うございます。

お忙しいとは思いますが、続編楽しみにしております。
...2007/07/16(Mon) 14:03 ID:e07B6Vb2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ソラファン
ヤハリ!こうしか無いですよね、亜紀が死の谷へ引きずり込まれて行ったんだから!絵本作りの夢が果たせなかったんだから。
綾は死の谷から這い上がり夢を掴まねば!・・そして恋は?・・朔チャンは?明希は?●●さんは?まだまだ目が離せませんね・・・今後の展開楽しみにしています。・・・・ガンバレ!・・・笑)
...2007/07/21(Sat) 17:21 ID:wRc99KS2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:Marc
こんにちは、clice様。

ここ最近、サイトへ訪れる間隔が開き気味だったのです。
でも、先週なんですが訪問先で何回もclice様の物語を思い出すんです、ひょっとして続きがアップされているのかなと思い、ようやく今日読むことができました。

再開、本当に嬉しいです、これからもよろしくお願いします。

p.s.何年か前、旅先のホテルのガラス張りのロビーでPCから読みながら見上げた空は、雲の切れ目から綺麗な青空が見えていました。
先週の訪問先では、西海岸の乾いた風の上は、思いっきりの青空でした。
...2007/07/23(Mon) 20:19 ID:N1Sg6omU    

             clicsさま どうもありがとうござい...  Name:riversider
新参者のわたしのコメントUPのツリー下に、cliceさまの青い文字を拝見して、とても感激してしまいました。
ますます、わたしもcliceさまのファンの一人になりました。
読み出すと、目を開けていても、あの青い空、海の光、自転車の音、ひたむきに走る姿…セカチューの空気に包み込まれます。こんな風に今もサクと亜紀の世界を感じていられることを幸せに思います。cliceさまのおかげです♪私もほんとにサクと亜紀が好きなんだなーと改めて思いました。clicsさまも、ここにいらっしゃってる皆様も同じですね。サクは幸せになって欲しいです。誰とどんな風にかは、誰でもどんな風でも、サクが新しい人生を歩き出すことを決めれたのであれば、それが一番の選択だと思います。綾ちゃんには亜紀の人生を引き継ぐ人であるなら、病気を乗り越えてますます輝いて素敵な人生を歩いて欲しいです。生きる喜びを知った彼女ならきっと心配要らないですね。幸せってたくさんの喜びと、ほんの少しの切なさがいつも寄り添っていますね。
cliceさま、暑い毎日ですが夏風邪にお気をつけて、またお疲れにならない時にcliceさまの青い文字を綴ってくださったら嬉しいです。それでは!
...2007/07/24(Tue) 04:27 ID:iII5tIao    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:clice
「・・いけてない」
病室で仕度をしながら綾は鏡の前でがっくりと肩を落とした。
「お母さん、ほんとにこんな格好しなきゃだめ?」
「仕方ないでしょう、お日様の下に出るんだから」
「にしても、大袈裟じゃない?これ・・」
「あなたも分かってるでしょう、まだ綾には皮膚に抵抗力が無いんだから」
「そうだけど・・・これじゃまるで怪しい人みたいじゃん」
長袖の上下に手袋をはめ、帽子をすっぽりと被ってマスクを付けた姿は、知らない人の目にはきっと異様に写るだろうなと綾は思った。
これまで前向きに治療に取り組んできた綾であったが、体調が快復していくのとは裏腹に、身の回りのいろいろな制限が、綾にとって新たなストレスになっていた。
「はい、これに座って」
振り返ると車椅子を押して坂木が病室に入ってきた。
「歩けるよ、私」
「規則なの、トイレに行くのとは訳が違うのよ・・嫌ならお散歩は無し」
「綾・・看護婦さんの言うとおりよ」
「んー・・・」
綾はプッっと頬を膨らました。
「それと、聞こえちゃったけど・・甘く考えては駄目よ、外に出るときはちゃんとガードすること・・もし紫外線の刺激でGVHDを誘発することにでもなったら大変でしょ、痒いし痛いし、夜も寝れなくて、泣いちゃうわよ、きっと・・それでもいい?」
「嫌・・かも」
綾は仕方なさそうに俯いた。
「聞き分けが良くて結構・・それとお母さん、花壇にはあまり近づかないで下さいね」
「分かりました」
和子はその指示を素直に聞いた。田村からも受けた注意だった。
「じゃ、座って」
坂木はにっこりと綾の前に車椅子を差し出した。

初めて見る病院の外観は、綾の想像を遥かに超えて、その見上げるような建物の大きさが綾を圧倒した。
そして、これまで3ヶ月を過ごした無菌病棟を、綾はその下から感慨深く眺めた。
中庭の歩道の脇に作られた植え込みの花壇には、季節の花々が一面に植えられ、咲き誇る可愛い花弁が、散歩する人達の目を和ませていた。
和子はすれ違う人に軽く会釈をしながら、その道を綾を押してゆっくりと歩いた。

「きれいだね、お母さん」
「そうね」
「あんなにきれいなのに、側にも寄れないなんて・・」
「ここからでも十分きれいじゃない」
「そうだけど・・なんだかな・・」
綾は自分の掌を見つめ、嬉しさの反面、改めて思い知る自分の現実に小さな溜息をついた。
和子はそんな娘の気持ちが痛いほどよく分かった。
できるならこの道を、髪をなびかした娘と並んで歩きたい。
花壇の前で二人でしゃがみ、その香を嗅いでみたい。
しかし、今こうやって娘と歩けることがどれくらい幸せなことかもまた、和子にはよく分かっていた。
和子は車椅子のハンドルをギュッと握り締めた。
そこに感じる重さが娘が生きている証だった。
「元気出しなさい」
それは和子にとって自分への叱咤の言葉でもあった。

和子は日差しを避けて、木蔭にあるベンチの横に車椅子を止めた。
病室での坂木の指摘は当然だった。
移植の後、皮膚科の医師の診察を受けることが綾にとって日常的となった。
前処置により、綾の皮膚は再生に必要な基底細胞や皮脂膜の機能が正しく働かず、薄く乾燥して傷ができやすい状態となっていた。
幸いにもヘルペスウイルスやGVHDの兆候は現れていなかったが、皮膚は非常に弱い状態にあり、皮膚を健全に維持していくために、その予防には常に注意が必要だった。

「綾の新しい担当の看護婦さん、坂木さんって言ったかしら・・なかなかはっきりした人ね」
「大阪の人なんだって・・お笑いが好きみたい」
「そうなの、だから元気なのね、お母さんは好きかな、ああいう人・・綾はどう?仲良くなれそう?」
「分かんないよ、まだ会ったばっかだし・・」
「珍しいわね、綾が人見知りなんて」
「そうじゃないけど・・・なんかつまんないんだもん、急に知らない人ばっかでさ」
「どうしたの?あなたらしくないわよ」
「私だって人見知りくらいし・ま・す」
綾はそう言って顔をプッっと膨らませた。
和子はそんな娘の様子に微かに微笑むと、思い出すように話し出した。
「今日ね、病院に来る前に幼稚園にお邪魔して園長先生にお会いしたわ」
「幼稚園?」
「そう、あなたの通った・・」
「幼稚園か・・懐かしいな・・・ねえ、園長先生、お元気だった?・・って私が聞くのも変なんだけど」
「ええ、とっても・・・綾のことをとても心配して下さってたわ・・そしていろいろお話したの・・それでお母さん思い出したの・・綾がほんとは恥かしがりやですごく引っ込み思案だってこと・・・」
「えっ・・」
「幼稚園の最初の日・・あなた、絶対行かないって家の柱にしがみ付いて駄々をこねたのよ」
「私が?」
「そうよ、覚えてなーい?」
「そんなの覚えてないよ」
「小学校に入学した時もそう・・いつも俯いて学校に行くもんだから、ランドセルに頭が見えなくて・・こんなんでお友達ができるんだろうかってお父さんと二人で随分心配したわ」
「そんな子だったんだ、私・・・なんかさ・・急にいろんなことが変わって心細くなっちゃって」
「心細いのは病室が変わったせいだけ?」
和子は、母親としてのもう一つの心配を娘に切り出した。
「えっ?」
「松本先生・・最近来てくれないわね・・どうしたのかしら?」
「・・・」
綾は母からの意外な言葉に動揺し、目を見開いて和子を見つめた。
「フフッ・・あなたが何を考えているかぐらいお見通しよ」
「何言うかな、いきなり・・」
「先生もお忙しいのよ、きっと・・・それに綾が良くなって、先生も安心されたのかも」
母親の言葉は綾の胸をキュンと締め付けた。
「そうかな・・・そうだね・・・もう心配じゃなくなったってことだよね・・でも、それっていいことなんだよね、私が治ってるってことだから・・・うん、きっとそうだ・・うん」
「綾・・・」
「いいから・・・分かってるから・・・私、こんな格好しないとお日様にもあたれないし・・・車椅子に乗らないと病院の中だって自由に動けないし・・・一人じゃできないことまだいっぱいあるし・・・ほんと・・手間ばっかりかかるけど、お母さんはもう少し付き合ってね」
「今に始まったことじゃないわよ・・・綾はね、前にも話したけど、生まれた時にすぐに産声を上げてくれなかったの・・生まれたら生まれたで、いつも夜中に熱を出してははらはらさせられるし・・・中学生になったら、今度は勉強そっちのけで走るのに夢中になるし、おまけにいきなり入院しちゃうし」
「・・・」
「だけど、手間だなんて思ったこと一度もないわよ」
「でもさ、家族とはやっぱり違うじゃない・・・先生はお医者さんで・・大人で・・きっと付き合ってる人もいて・・・私は・・子供で・・気になる患者の一人に過ぎなくて・・・治ってもきっと普通の人のようにはいかなくて・・・もしかしたら再発とかするかもしれないし・・・それに・・・子供とか無理なんじゃないかな、きっと・・・そんな女、誰も選ぶ理由どこにもないもんね」
「綾・・あなた、どうしてそんなこと・・・」
「だって・・来ないじゃん・・あれから・・」
綾は胸の中の不安をついに吐き出した。

続く
...2007/07/29(Sun) 07:37 ID:xtiW1LvY    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:表参道
clice様

今回もとても楽しく拝見致しました。

ベンチでの綾と和子の会話にはドラマの懐かしさと悲しさが蘇りました

綾のサクに対する気持ちもだんだんおさえ切れなく
なっているようですね。

最近、「もう一つの結末」の更新の頻度をとても早くして頂いているので大ファンの私的にとても嬉しいのですが、clice様はご無理はされていらっしゃいませんか?

暑いので体調にはくれぐれもお気をつけ下さい。

続編お待ちしております。
...2007/07/29(Sun) 23:47 ID:wQVNAimU    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:SATO
うーむ、今回のストーりーを読んで綾にはこれからも厳しい現実が待ち受けていることを痛感しました。再発の恐怖と闘わなければいけないし、女性としての幸せも「?」の状態ですし。家族の愛で綾を支えていってほしいですね。特に同じ女性として母・和子は綾のケアが大変でしょうが、頑張ってもらいたいです。

あまり関係ありませんが、昨年秋に綾瀬はるかさんが出演した「たったひとつの恋」を想い出しました。彼女の役柄には骨髄移植を受けて血液のガンから生還したという裏設定がありましたが、今回のストーりーを読んで月丘菜緒(綾瀬はるかさんの役名です)もこんな入院生活を送っていたのだろうかと思いました。
なんてことを考えていたら、和子が田中好子さんに見えてしまいました(苦笑)
...2007/08/03(Fri) 00:06 ID:T8C.X1UE    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ふうたろう
 cliceさんの物語を読ませていただき、骨髄移植の手術成功だけで、この白血病が単に完治するわけではないことを、教えられています。

 術前術後にも、様々な、そして多くの壁を乗り越えねばならないこと。それは、患者本人の生きようと思う力ばかりでなく、その患者を支える家族、友人、医療従事者の力が必要であることを改めて考えさせられます。そして、その生きようとする力を高めてくれるのが、「愛」であることも。

 それにしても、骨髄移植を受けられた綾はきわめて幸運であったわけですが、骨髄移植を受けられないことも当然あるわけです。そう思うと、つくづく白血病は難病であるのだと思い知らされます。


 さて、綾もこの先に多くの苦難が待ち受けているのでしょう。家族の支えは当然ですが、早く朔太郎に登場願って、亜紀同様、綾を支えて欲しい。今の朔太郎なら、もっと冷静に、かつ適切に、そして愛情をもって支えることができるはず。

 こんなふうに思うのは、わたしだけでしょうか。つい、熱くなってしましました。すみません。  
...2007/08/05(Sun) 18:38 ID:fo9dQ7II    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぶんじゃく
ついに外出まで出来るようになったんだと
思うとやはり読んでいる者しても嬉しくなりますね。
でもまだ厳しい現実がそこにはあるわけで、
やっぱりふうたろうさんの言うとおりここは
朔太郎先生ので出番ですかね。

続きを楽しみにしています、無理せず末永く
続けてください。
...2007/08/06(Mon) 23:37 ID:Wmsvhqa2    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:一読者
clice様、拝見いたしました。
こんな物語がこんなとこにあったなんてびっくりです。でもとても嬉しい。
ホタルノヒカリに嵌って、それでようやくこのドラマを見てみようと思ったんですが、見事に嵌りました。
そしてこの気持ちはどこからくるのっていうくらい切ない。
蛍にはまた会えるかもしれないけど、亜紀にはもう二度と会えないから、その切なさは言葉になりません。
そんな中で見つけたこの物語。
救われた感じです。
だって宮浦がでてくると、それはもうドラマそのままなんですから。
二つのドラマを比べてみると、ちょっとしたシーンや音楽に似てるところを感じますね。

生まれ変わった綾と再び出会った朔。
東京と宮浦、現在と過去、それぞれに関わる人たちも含めて繋がっている壮大なストーリーですよね。
ドラマでは書かれなかったところも、白血病の現実も、その緻密な文章に、読み終えた今は完全に納得しています。
そして不思議と泣けるんですよね。
ドラマと同じくらいうるうるします。
続きが読みたいです。
蛍と高野部長のように、大人になった綾と朔はありだと思いますよ。
そんな結末が見てみたいです。
...2007/10/01(Mon) 18:40 ID:PsHHjLGg    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:にわかマニア
 この物語も今月で3周年ですね。
 ところで,「週刊現代」に連載中の「ここまできた最新医学」シリーズで,今週号まで4回にわたって作家で医博の渡辺淳一さんの司会による患者座談会「白血病編」が掲載されており,全国骨髄バンク推進連絡協議会の会長さんをはじめ,副作用や後遺症・合併症との闘いも含めて難病からの生還が語られています。
 その中で,「今日を信じて。今日寝たら,明日が今日になって,その今日を信じて」という言葉が印象に残りました。
 この物語に登場する綾や,アナザーもの3シリーズに登場する亜紀も,こうして苦難を乗り越えていくのでしょうね。
...2007/11/01(Thu) 12:46 ID:Hx/mtxCA    

             Re: 再会・・もう一つの結末(2)  Name:ぽむろる
ずっと過去ログ含めて読んできましたが、とても引き込まれる話で、続きが読みたくなりました。続編を期待しております。
...2007/12/17(Mon) 01:01 ID:MlvUeo9M    

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