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カタルシスの意味について (2004/4)
このHPは「カタルシス」のキーワード検索から来る人もいると思うので、「カタルシス」について簡単にまとめてみました。
ただし私は心理学は素人なので内容の保障はできません。 (四角で囲っているところはMicrosoft Encartaからの引用になります)
それぞれの意味は異なります。 1.生理的(医学的)用語としてのカタルシス
単なる生理的な意味です。語源としてはこのようですが、今日で使われる「カタルシス」がこの意味を指すことはほとんどないでしょう。 2.精神の浄化作用としてのカタルシス 生理的な用語であったカタルシスを、精神に適用したのはアリストテレスが初めてでした。「詩学」(前330頃)の中で述べられています。 これはギリシャ悲劇の解釈のひとつとして用いられたもので、カタルシスは悲劇を見ることによってなされます。
悲劇で描かれるモチーフや登場人物の悲しみや苦悩に共感することで、心の奥底の感情が揺さぶられたり涙を流したりし、その結果開放感が得られ、癒されることをカタルシスと呼んだようです。 それは楽観的な思考(明るく・楽しく)では到達できない地点であり、「物語中の悲しみや苦悩への共感」が浄化作用を呼び起こします。 3.心理治療としてのカタルシス効果
たとえば催眠法を用いて無意識下に抑圧されたものを開放し、そうすることで治癒に繋がるのがカタルシス効果。「心の奥底にあるものを出してすっきりする」ということです。 この場合、相手の話を非難せずに受容することが、不安や緊張を取り除くことに繋がり、話し手の感情の開放を促進できるので効果的です。
心情を言語化して「表出」すること、誰かに話を聞いてもらうこと、もしくは何らかのアクションを起こして感情を表出することなど、鬱積した感情を開放することで癒されるのが、広い意味でのカタルシス効果になっているようです。 「2」の悲劇の鑑賞との違いは、基本的に対話をすることが癒しに繋がる点です。 まとめ ここからは私的な感想。 なぜ、見ていて悲しくつらい悲劇が求められるのか。 それは、自分の悲しみや苦悩が浄化(カタルシス)できるから、と言えそうです。 人々の悲しみが、物語(悲劇)として描かれた。そしてそれに共感し、こころが浄化される人もいた。 そうやって悲劇は語り続かれてきたのだと思います。 おそらく悲しみや苦悩が深い人ほど、カタルシスを求めているのではないでしょうか。 悲しみが共有されることで癒されるということは、きっとそれは自分だけの悲しみではないと思わせてくれるからです。 自分の悲しみを見つめ、しっかりと自覚したり吐露することで、はじめて癒し(カタルシス)に繋がるのだとしたら。無理に明るく振舞っても、根本的な解決にはならないということですね。 ネガティブなものを封じ込めようとせずに、自覚したり誰かに聞いてもらうことが、時には必要なのだと思います。 参考資料/関連文献: ・Microsoft Encarta 2004 ・アリストテレス「詩学」 ・ニーチェ「悲劇の誕生」 |